部屋の中で
結局、することが無くてカナメは部屋で過ごすことになった。
当然のように護衛であるイルゲアスも部屋の中へとついてきたが……ルウネに威嚇されて困ったような笑顔で部屋の隅に立っている。
そのカナメとルウネは、というと……カナメはベッドの上で弓の手入れ。ルウネはその横に寄り添うように座っている。
「あのさ、ルウネ……」
「なんでしょう、カナメ様」
「えっと……近いんじゃないかな」
正直に言って、弓の手入れがやりにくい。
まあ、手入れといっても本気のメンテではなく軽く磨いたりしている程度なのだが……そのカナメにグイグイとルウネが体を寄せてくる。
その様子を見ていたイルゲアスが何か言いたげな顔をするが、ルウネは素知らぬ顔だ。
「えーと……カナメ君は……ああ、いや。なんでもない」
「別に手とか出してないですから」
「ああ、うん。そうだね? ところで僕、席外してた方がいいかな? いや、護衛としては本当はよくないんだけど……」
「いや、そんな」
「どっか行けです」
邪魔だと言わんばかりにイルゲアスを睨み付けるルウネをカナメは窘めるが……イルゲアスはやはり困ったように苦笑するだけだ。
「ハハ……嫌われてるなあ」
「なんか、すみません……」
「いや、いいんだよ。僕等の捜査が進んでないのも事実なんだしね。嫌われても仕方ない」
そう言うと、イルゲアスは部屋のドアを開ける。
「僕はしばらく部屋の外に立ってるから、何かあったら大声を出してほしい。次の鐘が鳴る頃にはまた部屋に戻るからさ」
言い残して部屋の外へと出ていくイルゲアスを見送ると、カナメはルウネに向き直る。
「ルウネ、なんであんな態度を……」
言いかけたカナメの口元に指を当てるとルウネは静かに、というジェスチャーをしてみせる。
そうしてそのままカナメの耳元に口を寄せると……ルウネは「気をつけるです」と囁く。
「え」
「……誰が敵で味方かは、分からないです。確実に信用できる人だけ、信用するです」
ルウネの話す内容に、カナメの声も自然と声量を抑えたヒソヒソ声になる。
つまり、聖騎士団が信用できないと言っているも同然だが……まさか、イルゲアスが敵とでも言うのだろうか?
「そこは、分からないです。でも、まだ「誰か」が暗殺をしようとしてる、なら。此処に仲間のフリをして送り込む、のは常套手段……です」
「……その理屈だとセラトさんも犯人の圏内になるけど……」
「その可能性も、考慮に入れるです」
ルウネの目は本気で……カナメは思わず「ああ」とルウネに囁く。
しかし、そうなると信用できるのはアリサ、エリーゼ、イリス……そしてハインツとルウネということになるだろうか。
「ダルキンさんとエルは信用していい人ってことでいいんだろ?」
ひょっとしたらエルはダメって言うかもしれないな……などと考えていたカナメに、エルはやはり「ダメです」と答えて。
「……え?」
「お爺ちゃんも、ダメです。あの人は別にカナメ様の味方では、ないです」
「え、でもルウネの……」
「ダメです」
やはり、ルウネの目は本気。ルウネは実の祖父ですら信用していないということだろうか?
だが逆に言えば、実の祖父が敵に回る可能性を考慮しても尚カナメの味方をしてくれているということでもあるだろう。
「……分かった。一応気を付けておくよ」
「そうするです」
頷くルウネに、カナメはふうと小さく息を吐く。
暗殺というものが恐ろしいものであることは知っているし、イリスの暗殺未遂の現場にも乱入した。
しかし、そうではない……所謂「いつ来るかもわからない暗殺」がこうまで疑心暗鬼にならねばならないものだというのは、想像できているようで出来てなかったのだと思い知る。
誰が本当の敵か味方かも分からずに、僅かな「信じられる者」だけが頼り。
そんな生活を続けていれば、暗殺の危険に晒され続けた権力者達が狂っていくのも理解できるというものだ。
「……何も出来ないっていうのは、歯痒いなあ。何か出来る事があればいいんだけど」
「あるですよ?」
「え?」
そうアッサリと答えるルウネをカナメは凝視して……その視線を、差し出されたルウネの手の中にあるものに移動させる。
それは、長い棒のような何かで。先っぽが丸い小さなスプーンのようになっているモノ。
ひょっとしなくても、カナメの知っているソレに似ている、のだが。
「……えーと……茶杓じゃないよね。まさか耳かき?」
「です」
言うが早いか、ルウネはカナメの膝の上に頭を乗せて転がる。
「カナメ様は、私が守るです。だから安心していればいいです」
「ハハ……それはなんていうか。ホントは俺が言うべき台詞だよな」
自信満々に笑うルウネに、カナメはそう言って苦笑する。
そう、本当はカナメが守るべきなのだ。
レクスオールの力。そんなものを持っている、レクスオールの生まれ変わり……であるらしいカナメが。
しかし現実にはアリサに、エリーゼに、イリスに、ルウネに……色んな人に守られている。
その事実を考えると、本当に情けないのだが……今のカナメでは、そうするしかないのが事実でもある。
「……もっと、もっと。強くならなきゃな」
そう呟いて。カナメは、ルウネの耳に耳かきをそっと差し込んだ。
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