少し大袈裟、なような
「え、えーと……」
馬車から降りたカナメが見たモノは、流れる棒切れ亭のドアの両脇に立つ完全武装のヴェラール神殿の神官騎士の姿だった。
白銀に輝く全身鎧を纏う姿は物々しく、通り過ぎる人達は何事かと注目しながらも遠巻きに……そして足早に過ぎ去っていく。
それだけではない。先程から一定の感覚で濃茶の神官服を着た人々が通りを歩いていくのだ。
それはどう見てもヴェラール神殿の神官騎士であるし……気のせいではなく、間違いなく巡回している。
「あ、あの……セラト神官長。これって……」
「護衛だ。聖騎士が役に立たんのであれば、神官騎士を使うしかあるまい」
セラト神官長の姿を見た神官騎士達が一斉に敬礼するが、そのガチャンという音に通りすがった人達が驚いて更に足早になる。
彼等からしてみれば「一体何事か。あそこで何が起こったんだ」というところであろう。
「その。少し大袈裟な、ような」
「何が大袈裟なものか。こういうものはやり過ぎなくらいでないと抑止力にはならん」
言いながら、セラトは入口の神官騎士達から報告を受け始める。
「どうだ、状況は」
「はい、報告いたします。こちらに配置となってから現時点まで訪問者は無し。その他、報告事項はございません」
「よろしい。遠慮なくやれ」
「はっ」
そんな様子にカナメは茫然としてしまうが、理解できないわけではない。
抑止力とはまあ、「事前に防ぐ力」のことだ。
「これではやっても意味がない」と思わせれば勝ちであり、「やる事で何らかの益が出る」と思わせたら負けであるわけだが……この場合は「暗殺は成功しないし、たとえ成功したとしても企みが全部潰れる」といった辺りを目指しているというところだろうか。
「確かにこれであれば暗殺もそうそう実行できないでしょうが……」
言いながら、イリスは周囲を見回す。元よりこの流れる棒切れ亭はヴェラール神殿に近い立地ではあるし、巡回ルートを神殿から少し伸ばすだけで実現は出来るだろう。
だが、大きな問題がある。
「……聖騎士団から文句が出ませんか?」
街の警備は聖騎士団の管轄だ。神殿の警備は神官騎士がやっても、それだけは聖騎士団は絶対に譲らない。
聖国を守るという誇りの下に日夜働いている彼等は、神官騎士が町中で巡回だの立哨だのをやっているのに良い顔はしないだろう。
縄張り争いというわけではないし聖国の安定に寄与するともなれば文句を言わない可能性もある、が……いや、やはりどう考えても何らかの抗議はくる。
「フン、事件を未然に防いでやろうというのだ。感謝こそされても文句を言われる筋合いなどない」
「いえ、えーと……それは」
イリスも守られる対象ではあるし身内が迷惑をかけている可能性が高い以上強くは言えないのだろう。
困ったように黙り込んでしまうが、しかしやはりというかなんというか、通りの向こうから慌てたような速度で馬に乗り走ってくる聖騎士達の姿が見える。
その聖騎士達は流れる棒切れ亭の前で停止すると、バタバタと馬から降りてきて神官騎士を確認し……次にセラトの姿に気付く。
「ヴェ、ヴェラール神殿のセラト神官長!? どうしてこんな所に……いや、これは貴方の仕業ですか!?」
「俺以外の仕業に見えるか? もし見えるのなら、聖騎士など辞めてしまえ。予算の無駄だ」
「ぐっ……いえ、見えませんが! 見えませんが……一体何の騒ぎですかこれは! 不安を感じた人々から聖騎士団に相談がきております!」
いきなりのセラトの毒舌に怯んだ聖騎士は、それでも負けずにセラトを責め立てる。
彼等からしてみれば平和な朝に突然現れた物々しすぎる光景であり、平和を脅かす象徴そのものだ。
「そうか。なら説明してやれ。聖騎士団の無能をヴェラール神殿がフォローしているとな」
「む、無能……いくらセラト神官長でも言ってよい事と悪い事がありますよ?」
「そうだな。ヴェラールの天秤にかけたとしても、これは正しいと判定されるだろう。何しろ「例の事件」の被害者の保護も捜査もロクに出来ていないのだからな」
セラトに言わせれば、今時点で聖騎士団がノコノコと現場確認に訪れるというのが問題外なのだ。
神官騎士暗殺未遂事件という前代未聞の大事件の被害者の泊まっている宿に物々しい格好の者達が集まっているというのに、気付くのが「通報を受けてから」なのだ。
むしろ通報を受ける前に把握して現場確認を出来るように巡回態勢を整えておくのが当然の対応であり、それが出来ていない時点で失格である。
まさかまた巡回に穴があるとは思わないが、通常時の巡回とほぼ変わっていないのは間違いないだろう。
「そ、それは……しかし、私達とて可能な限りの全力で事態に対処しております! それをこのような事をされては!」
「足りん。その全力では全く足りていない。聖騎士団が無能とは言わんが、人が足りんなら雇え。予算が足りんなら申請しろ。安全保障において予算をケチるのと無駄遣いするのは同等の罪だ。もう少し危機感を持て」
「……く、う……」
何も言えなくなってしまった聖騎士に、セラトは続けて辛辣な言葉を投げる。
「まあ、お前達に言っても仕方のない事だ。この場の警備に参加する気がないなら帰れ。邪魔だ」
「わ、分かりました。一旦この話は持ち帰らせていただきます」
「そうしろ」
興味なさそうに言うセラトに敬礼すると、聖騎士達は馬に乗り元来た道を戻っていく。
「えーと……いいんですか? なんか俺のせいで後々関係とか……」
「君は気にしなくていい。それに、元からこんなものだ。むしろ文句をつけないのであれば、そちらの方が心配になる」
「そういうもの、ですかね」
要は聖都を守るのは俺達だというプライドが本当にあるかないかの問題なのだろうか。
そんなことを考えるカナメにセラトは「そういうものだ」と答えてみせた。
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