蠢く闇
「……くそっ!」
レクスオール神殿の副神官長室。現在はタカロ専用の部屋として与えられているそこで、タカロは壁をガンと叩く。
忌々しいヴェラール神殿のセラト。あの嫌味ったらしい男がイリスの味方についたのは誤算だった。
何かといえば筋肉で解決したがる神官騎士の典型例のような彼女にヴェラール神殿に話を持ち込むという頭があったのはともかく、まさかセラト自身が動くとは思ってもいなかった。
良くも悪くも天秤の如くバランスをとって静観を決め込むだろうと思っていたが……神官長の件にまで首を突っ込んでいるとは思いもしなかった。
何故そこまでこの件に首を突っ込むというのか。
聖国などと言われていたところで権力争いもあれば陰謀もある。今回の件だって、表面上はそうしたものの一つであったはずだ。
実際、他の神殿にもこの時期似たような話は幾らでもある。いや、無い時期のほうが珍しい。
それだというのに何故、狙い撃ちするかのようにレクスオール神殿の件に。
「……そうか。あの男か」
あの黄金弓を持っていた男。神官騎士イリスの暗殺を妨害したという「カナメ」なる男が恐らくはセラトに気にいられたのだろう。
そうでなければ、あの偏屈男がこうまで執拗にレクスオール神殿を狙い撃ちして絡んでくるはずがない。
……だが、何処から計画が狂ったのかといえば……やはり暗殺の失敗だろう。アレの代償は大きすぎた。
暗殺者として用意した連中が弱すぎたのか、それとも「カナメ」が強かったのか。
そこは現場を見ていないタカロには分からない、が。
「お前達が直接行けば、こんなザマにはならなかったのではないか?」
「どうかな」
副神官長室の椅子に座っていた男が、そう言って小さく笑う。
「見たところ、あのカナメとかいう男は相当厄介だぞ。今まで見たことのない系統の魔法を使う……いや、それとも魔法の品か
「だとしても、お前達の敵ではないだろう」
「そう侮って死ぬ奴は多い。事実、噂通りであるならば奴はクラートテルランを退けている」
言いながら、深くフードを被った男は考えを巡らせる。
クラートテルランとて、弱くはなかった。しかし噂の通りクラートテルラン率いるミーズ攻めの軍勢をカナメが退けたというのならば……本当にレクスオールの力を扱える可能性をも考慮しなければならない。
「フン。噂など幾らでも枝葉がつくものだ。あの場に参加して戦果をあげたと謳う連中がどれほど聖国に入国してきたと思っている」
ミーズの戦いだのミーズの奇跡だのと色々言われてはいるが、すでにあちこちの酒場で好き勝手な英雄譚が謡われている。
しかしどれも怪しいものばかりで、実際にどの程度の戦果があったかなど記録が残っているはずもない。
「……分かっているだろう? あの戦いで真に戦果をあげたのは「レクスオールを思わせる者」だ。そしてここ最近、王国ではレクスオールを思わせる噂話が多い。不安なのは分かるが、敵を過小評価するのはやめろ」
「誰が不安などと……っ!」
言いかけて、タカロはチッと吐き捨てる。
「いや、認めよう。確かに不安だ。お前達からの接触があり、然程時を置かずに「レクスオールを思わせる者」の出現だ。如何にお前達から神の不在を聞かされようと実はレクスオールは未だ天にあり、全て見透かされていて……私を神敵として誅するのではないかと怯える私がいる」
それは信仰という形故だ。タカロとてレクスオールを崇める神官であり副神官長まで上り詰めた男でもある。
常にレクスオールの姿を心に描き祈りを捧げ儀式を行ってきた日々は嘘ではない。
そう、それは嘘ではない、が。
「厄介なものだな。俺とお前が崇めるものは違うが、大体似たような問題を抱えている」
「フン。分かったような口を。破壊神の何処に救済がある」
「そこにしか救いを見られない者もいる。だからこそ未だに俺達は居る」
タカロはそれには何も答えない。破壊神を崇めるこの男とは、永遠に分かり合えない。
この男の所属するゼルフェクト神殿はいわゆる秘密組織に属するが、そこに普通の人間が所属していることも聖国内ではよく知られている事実だ。
タカロへの最初の接触もそうしたうちの一人からであったが……そんな彼等、いや。彼と協力し合う気になったのは、あくまでタカロの中の正義に反しないものであったからだ。
言ってみればそれだけの関係であり、タカロ自身の事をとやかく言われる筋合いはない。
そんな思いを込めて睨むと、男は軽く肩をすくめる。
「心配はいらん。神々は死んでいる。それは俺に残された「神」の記憶の欠片からハッキリ分かっている」
「そういう問題ではない。この時期に神の如き者が現れたという事実。それが「計画」に絡みついてくるのにお前は何も感じないのか?」
「英雄王の再来、か。神は死んでいるというのに神の如き者が現れるというのも不思議なものだが……」
だが、問題はない。レクスオール本人ですら死んだのだ。
ならばレクスオールの如き力を振るう者程度、殺せないわけがない。
「まあ、ここで殺しておくのが今後の為ではあるだろうな」
男は、そう呟いて……部屋の隅に佇む影に声をかける。
「お前にも動いてもらうぞ」
その言葉に、そこにいた男は無言で頷く。
暗闇の中……聖騎士団の豪奢な鎧が、この聖都に蠢く闇の深さを証明するかのように妖しく煌いた。
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