馬車の中で

「な、なんか凄かったですね……」


 帰りの馬車の中、カナメは思わずそう呟く。

「一応主役が本当にいる必要があるから」ということでカナメとイリスの二人も馬車に同乗していたのだが……まさか本当に出る幕もないとは思ってもいなかった。

 馬車の中で聞いている限りは、セラトがタカロを言い負かしたように聞こえたが……言い負かしたら全て良しというわけでもないだろう。

 とはいえ、何をどうすれば勝利といえるのか……そんなことを考えながら隣に視線を送ると、膝の上で拳を握りしめ震わせるイリスの姿があった。

 その表情はあまり感情を読ませないようにしてはいたが、怒りに燃えていて……カナメは声をかけるのを思わず躊躇う。


「荒れているな」

「セ、セラトさ……!?」


 しかし、そんなイリスに構わず声をかけるセラトにカナメはギョッとして。次の瞬間、自分を完全に抑え込んだか微笑を浮かべたイリスが「ふふっ」と声をあげて微笑んだのに驚きイリスへと向き直る。


「私としたことがお恥ずかしい。顔に出してしまうなんて」

「いや、当然だろう。アレは間違いなくクロだ。間違いなく騒動レベルの情報を送り付けたはずなのに、動揺した様子一つない。悟らせない鉄面皮というならたいしたものだが、「知っていた」反応だなアレは」

「……やはり、そう思われますか」

「当然だ」


 そう、訪問に先んじて各神殿に送り付つけた「レクスオール神殿の神官長の行方不明」という情報は、他の神殿であっても大きな動揺の広がる類のものだ。

 聖国の本殿の神官長という聖国の中でもトップに位置する人物であるのに加えてアルハザール神殿と並び武力でトップ争いをする神殿の最高実力者だ。

 そんな彼と精鋭の神官騎士達が他国で行方不明になったという事実は「いつかの戦い」を見据える聖国の存在意義を揺らがすものであるし、調停者としての威厳に関わる問題でもある。

 更に言えば「他国で行方不明になった」というのが問題で、今回の場合王国の陰謀論を含め慎重に検討し動かなければいけない事態であり……もっと言えば、当事者のレクスオール神殿はひっくり返したような大騒ぎになっていなければおかしいのだ。

 それが、あの「通常通り」過ぎる平穏さは……まるで何もかも知っていたかのような不気味さしか感じさせない。


「とはいえ、全ては印象に過ぎん。糾弾に至るほどではないのは変わらず、だな」

「俺、てっきりこれで「決める」つもりなのかと思ってたんですけど」

「ほう。どうやってだ?」


 言われて、カナメは手元にある黄金弓に視線を送る。


「……これで、弓神の矢レクスオールアローを撃ってみるとか」


 レクスオールの象徴である弓神の矢レクスオールアローをあの場で撃てば、かなりの強い印象としてその場に居た人達に焼き付けられたはずだ。

 それは文字通りタカロ達を完全に負かすに足るものかと思わないでもないのだが……セラトは、それを「ダメだ」と一言で切って捨てる。


「そのカードを切るにはまだ早い。君が何をどの程度出来るかは、タカロに知られるのはまだ避けた方がいいだろう。特にレクスオールの象徴たる技はそうだ。「いくらでもそれっぽい事は出来る」と言い訳させれば、それは泥沼化を招く」


 まあ、ミーズの町の件がある以上「レクスオールの矢」に関してはタカロもある程度の対策はしているだろうとセラトは考えている。考えてはいるが……だからといってわざわざカナメのソレを見せてやる理由はない。


「俺も君が何をどの程度出来るかは知らん。知らんが……もし「他の誰も真似できない何か」が出来るなら、それをいつでも出せるように用意しておけ。多少派手でも構わん」

「え、あ。はい」

「……ところで、セラト神官長。これからどう動かれる予定なのですか?」


 話題を断ち切るように投げかけられたイリスの問いに、セラトは苦笑する。


「そう警戒するな。いや、身内ですら「ああ」な状況で警戒しないのも問題だが……俺は「レクスオール」を利用する気は今のところない」


 たとえば「レクスオール」ではなく「ヴェラール」や「カナン」であるならば、どんな手段を使っても聖国に留め置くが……「レクスオール」は聖国内で強く引き留め工作をする必要はないとセラトは思っている。

 天秤の神ヴェラールや愛の神カナンといった神々は一つの「基準」であり、聖国を「聖」足らしめるものでもある。

 正義や愛の真実此処に在りとする事で聖国が裁定者や祭儀の取り仕切り役を気取っている以上、その本人達が他国に行くのは影響が大きすぎるからだ。

 逆に言えばアルハザールやレクスオールといった神々は武の象徴であり何処に居ても戦力バランス以外の何かが変わるわけではない。

 それはそれで重要ではあるのだが、少なくともセラトにとっては最優先事項ではない。

 まあ、「セラト個人にとっては」の話なのだが……それはさておき。


「これからの話、か。何もないのであれば、数日後の神聖会議で決着がつく」

「え、どうやって……」

「決まっている。レクスオール神殿の神官長を職務不可能な状態と認定し、神官騎士イリスを新たな神官長にすることを神聖会議で採択する。その席でカナメ。君に関する審議も行う。そこで本物と認められれば……無能を晒したタカロの更迭も速やかに決定するだろう」


 逆に言えばタカロが動くとすればその間だがな、と。

 セラトはそう言って静かに笑った。

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