再び、レクスオール神殿へ2
タカロの態度は、あくまで冷静。フル装備のヴェラール神殿の神官騎士達を見ても取り乱すことなく、冷たい瞳でそれを見つめる。
「拒否する、とは? 理由についてお聞かせ願いたい」
「聞かせる理由があるのかね」
「我等とて伝書鳩の類ではありません。ヴェラール神殿の総意に基づく要請に否と仰るならば「何故否なのか」について伺う必要がある」
そう、個人の「お願い」ではなくヴェラール神殿という一つの組織の「要請」だ。
「ダメなものはダメ」という子供のような理由では、当然通らない。
それはレクスオール神殿がヴェラール神殿を軽んじていると判断されるに足るものであり、それ故に「拒否する理由」についてレクスオール神殿は述べる必要がある。
それはタカロも理解しているのだろう、小さく舌打ちすると口を開く。
「……簡単だ。私は現物を見て「本物にあるべき神々しさがない」と判断した。神具であるならば凡俗にも分かるような輝きを有しているはず。かの破壊神に抗するような神具が……レクスオールの弓が、その辺で拾ってこれそうな類の魔力しか有していないはずがあるまい」
そう、ディオス神殿の偽神具事件の時にはそうだった。
偽物の神具は比較的強めの魔法の道具を偽装していたが……それでも「本当にあれが神具なのか」という疑問が呈され偽物と分かった経緯がある。
だからこそ、こう言われてしまえば中々反論しにくい。
いくらヴェラール神殿の総意として来ていると言えど、こう言ってしまえばヴェラール神殿の神官騎士達もそれを伝えに戻らざるを得ない……はずであった。
「さあ、戻ってセラト神官長殿にそう伝えるがいい。こちらへの干渉無用とな」
「いえ。その必要はありません」
どういう意味か、と問いただすその前に。神官騎士の一人が馬車の扉を開ける。
どうせ、あのカナメという男やイリスが中に居るのだろうと思っていたタカロは……中から出てきた人物の姿に、思わず目を見開く。
「干渉無用、か。そうはいかんな。こちらから各神殿に送った文書の内容については理解しているだろう?」
「セ、セラト神官長殿……?」
そう、其処に居たのはヴェラール神殿の神官長……セラト。
他神殿の神官長とはいえ、ぞんざいに扱っていい相手ではない。
「恐らく想像くらいはしているだろうが、こちらは渦中の人物達を護衛し同行させている。理由については……説明が必要か?」
ここで説明しろと言えば、セラトは間違いなく暗殺未遂事件について観衆の前で暴露するつもりであろうことはタカロも理解している。
セラトはそういう事が出来る人物であり、それ故に公正を良しとするヴェラール神殿の神官長を務める事が出来ている。
彼の前で、基本的に隠し事とか世間体がどうのというのは全く意味をなさない。
真実がどうかは知らないが、そう思わせる男なのだ。
故に……タカロは躊躇する。
セラトの言う「文書」とはつまり、レクスオール神殿の神官長が行方不明になったという内容のものだ。
これが「次の神官長の選出の可能性」を意味するものであることはどの神殿も理解しており、この騒ぎを他の神殿の関係者が聞いていればイリスをヴェラール神殿が保護しその立場を保証していることは、余程の阿呆でなければ想像がつく。
これを跳ね除けて次の神官長をイリス抜きで選出したともなれば、各神殿からは間違いなく「何故そこまで強硬に神官騎士イリスを排除するのか」という疑問の目が向けられるだろう。
そして、各神殿がその理由を探ろうとすれば……当然、タカロにも疑惑の目が向けられる。
下手をするとレクスオール神殿への査察や「新神官長」の選出の妥当性にも文句をつけられることになる。
それだけならともかく、イリスを神官長に……という意見が出てくる可能性すらある。
そうなるとタカロの計画は大きく狂う事になる。それだけは避けねばならない。
ならないが……どうすれば良いのか。
セラトを相手に、小手先の誤魔化しは通用しない。すればするほどセラトからの疑惑の目は強まり、それだけでレクスオール神殿への査察を提案しかねない男だとタカロは思っている。
それ故に、セラトを形だけでも納得させる「結論」をこの場で出さねばならない。
「……そうですか。セラト神官長殿。ヴェラール神殿からの推薦、確かに受けました」
「そうか。では「正当な扱い」をして貰えるのだな?」
「それ、は……」
迷った様子を見せた後、タカロはセラトへと向き直る。
「お言葉ではありますが、やはりこれはレクスオール神殿内部の問題。私の結論にご不満がおありというのであれば、神官長にその旨を伝え判断していただくより他にありません」
「なるほど。しかし、神官長は「未だお戻りではない」だろう? まさか神官長殿がお戻りになるまで、この状況を放置するつもりか?」
「放置とは人聞きの悪い。我等は神官長のお早いお戻りを信じております」
「……なるほど。万が一など有りえぬと。そう信じているわけだな?」
「勿論です」
一連の会話の意味は、野次馬達には理解できないだろう。
セラトは「新しい神官長の選出はしないのだな?」と問い、タカロはそれに「神官長は帰還するのだから選出する事など有りえない」と答えた。
ヴェラール神殿の神官長にそう宣言した以上、タカロは「新たな神官長の選出」というカードは失った。
「嘘吐きのレクスオール神殿副神官長」という評価をヴェラール神殿から受ければ、タカロは副神官長の座を追われずとも聖都で相当動き辛くなる。
更に言えば、その「嘘」によって選ばれた新神官長の妥当性についても……語るまでもない。
「そうか。ならば今日は引いておこう。渦中の人物についても、そちらで評価を修正する気が無いのであれば此方でしばらく預かろう。なにしろ、英雄王の再臨かもしれん人物とそれを守護した神官騎士だ。万が一の事があれば、聖都のプライドに関わる」
「……ええ。こちらとしても公式見解をそう簡単に翻すわけにはまいりません」
「ああ。そうだろうな……だが、近日中に神聖会議を招集する。議題は、想像がつくだろう?」
そう言い残して、セラトは馬車へと戻り……ヴェラール神殿の神官騎士達は踵を返しレクスオール神殿の前から遠ざかっていく。
その様子をタカロは無表情で……しかし、その瞳に憎悪の炎を燃やし見つめていた。
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