再び、レクスオール神殿へ

「な……なんだアレは!?」


 レクスオール神殿に向かってくる「それ」に、警備の神官騎士がそう叫んだのも無理のないことだろう。

 それは、武装した一団。

 纏うのは白銀に輝く全身鎧と濃茶色のマント。

 腰に差したロングソードが揺れ、金属製のグリーブがガチャガチャと音を鳴らす。

 その彼等が護衛するのは一台の馬車。

 天秤の紋章が刻まれたその馬車を見るまでもなく、それはヴェラール神殿の神官騎士の一団であることは一目で分かる。

 しかし、あんな完全武装で歩くのは一体何事なのか。

 しかも此処はレクスオール神殿の周辺であり……彼等が向かってきているのはこのレクスオール神殿なのだ。

 これから戦闘でもあるのかという装いに、周囲の人達は遠巻きにし……レクスオール神殿の敷地にいた参拝者も慌てたように逃げ出していく。


「ご、ご報告しなければっ!」


 たまたま門の近くにいた神官が慌てて神殿の中へと駆け込んでいくのを見た門番の神官騎士達は頷きあうと、盾を構えて門の前に立ち塞がる。

 一体何のつもりかは知らないが、場合によっては彼等は命を賭しても神殿を守らねばならない。


「止まれ! ヴェラール神殿のご一行とお見受けするが何用か!」


 その声に従ったというわけではないだろうが……門番の手前で神官騎士達は停止し、先頭に立っていた神官騎士が丸めていた紙を広げ朗々とした声で読み上げる。


「ヴェラール神殿よりレクスオール神殿へ告げる! 此度、ヴェラール神殿はそちらが偽物と判定したレクスオールの弓を思わせる弓の所有者がミーズの町にて神への畏敬を取り戻した功績を称え、またその弓に関しても一見して偽物と判ずるのは非常に困難であると判断し……当該の人物を第一級の客人として迎え、また当該の人物を守護しこの聖都まで送り届けた神官騎士を強く称賛する! 然るに、不当な評価を受けさせるレクスオール神殿を非難し正当な扱いについて再考を要請するものである!」


 長々とした台詞だが、要は「カナメの事偽物呼ばわりしてイリスを乏しめてるけど、ヴェラール神殿は評価するし後ろ盾につくぞ。お前等もっと良く考えろよバカ」と言っているのである。

 正面からケンカを売る台詞であるし、その意味を理解した野次馬達の一部はざわついている。

 何しろレクスオール神殿が「レクスオールの弓の偽物を持った怪しい男」について伝えまわっていたのは皆が知っている。

 それに対し、公正を謳うヴェラール神殿が正面から「間違っている」と突きつけたのだ。

 これにざわつかないはずがない。

 実際、門番のレクスオール神殿の神官騎士達に対して懐疑的な視線が向けられ……それでもレクスオール神殿の神官騎士達は持ち前の強気な調子で反論する。


「他神殿への過剰な干渉は明文化こそされていないが自粛されて然るべきだろう! 本物と判じたならばともかく、公式見解として偽物と判じたものに文句をつけるからには相応の証拠は持っておいでか!」


 そう、「それ」が本物であると判じたならば当然他神殿からの査察は入る。

 だが偽物と判じた事に対して査察が入った例はない。

 それは各神殿の権限の範疇であり、「本物かどうか」は信徒こそ理解できるという信仰に基づくものでもある。

 つまりそこに異議を唱える事は信仰に異議を唱えたも同然であり、レクスオール神殿の神官騎士の主張は至極真っ当なものだ。

 しかし、ヴェラール神殿の神官騎士達はそれに対し無言。

 広げていた紙をくるくると纏めなおし、ここで役目は終わりだとばかりに整列しなおすだけだ。

 反論するでもなく、うろたえるでもなく、帰るでもなく。

 ただそこに留まるヴェラール神殿の神官騎士達に、レクスオール神殿の神官騎士達はなおも叫ぶ。


「どうした、反論はないのか! ないのであればこの暴挙、高くつくぞ!」

「我等は反論すべき立ち位置にない」

「何!?」


 あくまで冷静な口調で答えるヴェラール神殿の神官騎士に、レクスオール神殿の神官騎士はそんな声をあげてしまう。

 ケンカを売りに来た張本人がケンカするつもりはないとは、どういう理屈か。

 そんな言葉が口をついて出る前に放たれた言葉に、その言葉は遮られる。


「今述べたのはヴェラール神殿のセラト神官長による直筆の書面だ。つまりこれはヴェラール神殿の総意である。問うが、貴殿はレクスオール神殿の全てを背負って発言しておられるのか。先程からの発言がレクスオール神殿……いや、現時点の責任者であるタカロ副神官長殿指揮下での総意であるというのであれば、その旨をセラト神官長へと持ち帰る必要がある」

「う、ぐっ……」


 如何に怖いもの知らずのレクスオール神殿の神官騎士といえど、神殿の総意を背負っているかと問われれば怯まざるをえない。

 しかも神官長ではなく副神官長指揮下と言われると、神官騎士の中には抵抗のある者もあり……この神官騎士も、その一人であった。


「い、や。それは……」

「ならば此方の要請について速やかに回答を願いたい。今回の来訪より前に全神殿に送付した文書にも関連し、この件についてはこの場で返答を頂かねばならない」


 答えられるはずもない。

 一介の神官騎士が答えてよい問題ではない。

 ヴェラール神殿の神官騎士達が圧倒し始めた場の空気が……しかし、一人の男の登場によって再び変わる。


「回答は、「拒否する」だ」


 タカロ副神官長。この街に来た初日にカナメ達を否定した男が、複数の神官を連れて門へとやってきていた。

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