対応策は

 セラトのその言葉に、カナメはゴクリと唾を飲み込む。

 あの暗殺未遂事件……神官長もそういう目にあったとするならば……恐らくはイリスはまた狙われる。

 もし神官長が邪魔で副神官長が何かをしたならば、次期神官長候補のイリスを捨ておくとは思えないからだ。

 だからこそ、カナメは手がかりを求めて口を開く。


「証拠がないっていうなら、イリスさんの暗殺事件はどうなんですか!? そんなものがあった事こそが何よりの証拠じゃないですか!」

「……残念だが、そうはならん。神官騎士は……特にレクスオール神殿の神官騎士は逆恨みされている可能性が非常に高い。確たる証拠がないままにタカロ副神官長のせいとする事は出来ん。たとえ心証的にそうだと思っていたとしてもな」


 先程自身が言っていたように、セラトはタカロ副神官長こそが一番怪しいと考えている。

 そう考えるのも仕方が無いほどに、ここ最近のレクスオール神殿の動きは不可解だ。

 カナメを門前払いしたのもそうだ。

 わざわざ神官長がカナメの起こした事の真偽を確かめに行っている中で、向こうからやってきたカナメ自身を門前払いするというのはあり得ない。

 その真偽についてはさておいて聖国に留め置くというのが普通の対応であり、聖国にいられないような措置をとるのは疑問の余地が残る。

 しかし、そこまでは理解の範疇にはある。なにしろディオス神殿で起こった偽物事件の記憶はまだ新しく、自分のところで同じ事件を起こしてなるものかと警戒するのは当然のことだからだ。

 だから、そこまではセラトも介入をするつもりなどなかった。

 レクスオールに関する揉め事はレクスオール神殿で解決すべき事態であり、それに他神殿が介入すればロクなことになりはしない。

 

 ……だがイリスの暗殺未遂事件、そして今回の神官長の行方不明を重ね合わせた時、そこには何かの陰謀の気配を強く感じるようになる。

 無論、証拠がない以上糾弾は出来ない。

 予想や想像での告発を良しとすれば、それは際限なく広がり聖国の内部分裂を招く。

 天秤の神ヴェラールを祀るヴェラール神殿がそんなことをするわけにはいかなかった。


「捜査はどの程度進んでるの?」

「あの事件は聖騎士団の管轄だ。一応俺も人をやって捜査状況を聞きに行かせてはいるが、中々情報を出さん。だが……」


 アリサの問いにセラトは何かを言いかけ……躊躇った後に、それを口にする。


「停滞している印象を受ける。少なくとも、今日明日のうちに解決する見込みは少ないだろう」

「カナメさんは犯人候補に関する情報の提供も行ったはずですが、そちらへの聴取もないのですか?」

「分からん。重ねて言うが、事件は聖騎士団の管轄だ。如何に俺でも、連中に強権を発動することは難しい」


 神官長が命令権を持つのは神官騎士であり、聖騎士は聖国……もっと言えば聖国の代表者で作る大神殿の管轄になる。

 ヴェラール神殿の神官長であるセラトも大神殿に所属する一人ではあるが、だからといって聖騎士団にむやみやたらに命令をしていいわけではない。

 この辺りは「神官の腐敗を防ぐ」というお題目故の建前ではあるが、その建前を破るのはヴェラール神殿の神官には許されない事だ。


「だが……そうだな。神官騎士暗殺未遂などという事件を捜査しているわりには動きが鈍そうだ」


 神官騎士暗殺未遂などという聖国のプライドに関わる事件を捜査するには、あまりにも少ない人員動員。

 通常であれば見回りが密になるであろう、この流れる棒切れ亭の周りにも聖騎士の姿はなかった。

 勿論巡回の時間になれば通るのだろうが……暗殺未遂直後の対応としては、あまりにも拙い。

 聖騎士団がそんな無能の集まりというのでないのであれば、何かの圧力がかかっている可能性は充分にある。

 となると、圧力をかけているのは何処かという話になるのだが……副神官長からの圧力で、そこまで捜査妨害をできるものだろうか?


「……それは、まさか聖騎士団内部にも副神官長に協力する勢力があるという意味でしょうか?」

「可能性としての話だがな」


 その「聖騎士団の協力者」が居たとして、それによって何を得るのかは不明だ。

 レクスオール神殿での地位は聖騎士には関係ないし、何かの推薦があったところで聖騎士団の地位に関する規定は聖騎士団内での厳格に決められた基準によるものだ。そこに関与できるとも思えないし……身に余る金を手にしたところで、聖騎士団内部で疑われるだろう。

 つまり、メリットが不明なのだ。


「あの……一つ、いいですか?」


 そう言いながら手をあげたカナメにセラトは視線を向ける。

 先程の激昂した時と比べると大分冷静になっていて、その瞳には冷静な「智」の輝きがある。

 恐らくはこちらが本来のカナメなのだろう……と考えながらセラトは「何だ?」と聞き返す。


「それを俺達に話して、セラトさんは何を期待しているんですか?」

「ふむ?」

「さっきの話って……たぶんですけど、まだ公的な話にはなっていないんですよね?」

「ああ」


 そう、カナメの言うとおりだ。

 これはヴェラール神殿が掴んだ話というだけであって、聖国内での公的な話ではない。

 どういう形になるかは分からないが……恐らくはレクスオール神殿に神官長行方不明の一件が伝えられ、それからという形になるだろう。

 つまりこれは「事前情報」というわけだ。


「それを元にたとえば今からレクスオール神殿に乗り込むわけにもいかないですよね。なんで知ってるんだ、とか……ひょっとすれば「まさかお前等」ってことで俺達のせいにされる可能性だってある」

「そうだな」


 何やらイリスが身を震わせているのが見えるが、あの様子からすると何も言わなければ殴り込みに行っていた可能性もあるな……などとセラトは考える。


「となると、俺達の行動はどうやっても後手になる。神官長の行方不明なんて話が表沙汰になるかも分からないし、副神官長が犯人なら色々と理屈をつけてイリスさんを神官長選びから排除する可能性だってある」

「ああ、その通りだ」

「その上で俺達が「何か」をするとなれば、当然後ろ暗くない情報を元に行動していると示す必要がある」


 そう、それもその通りだ。

「偽物のレクスオールの弓を持ってきた神官騎士」という不名誉な話を元に「お前には関係ない」と情報をシャットアウトされた場合、「神官長選びをしているはずだ」と乗り込むのは「お前が犯人だろう」と付け込む隙を与える事になる。

 それを跳ね返す為に出来る事は、ただ一つ。

 あえて明言しなかった「答え」にカナメが辿り着いたのだと気付き、セラトはニヤリと笑う。


「……セラト神官長。俺達の後ろ盾になってくれると考えて、いいんですよね」


 質問でも嘆願でもなく、確認。

 その思考力と胆力にセラトは称賛を送る。

 セラトが仕えるのは天秤の神ヴェラール。

 その救済の手は無条件ではなく、「救うに値する」と信ずるだけのものがなければならない。


「君が、その手で聖国の闇を祓うという覚悟があるならば」


 それは、戻れない道に突き進むということでもある。

 これはカナメが「普通の人間」として生きるか否かの最後の分岐点。

 しかしカナメは迷わない。立ち上がり……セラトを正面から見据える。


「そうしなければ進めないというなら。俺は、戦います」

「……いいだろう」


 セラトはそう答え、立ち上がりカナメに手を差し出す。


「ヴェラール神殿はこれより、神官騎士イリスを次期レクスオール神殿神官長として推薦する。その理由は、レクスオールの弓と思われるものを持つ冒険者カナメを見つけ守護した功績への評価だ」


 すぐに連中が門前払いできないようなものを用意してやろう……と。

 セラトはそう言って、凶悪な顔で笑った。

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