急報2
ゆっくりと、目を覚ます。
この町に来てから、どうにも寝起きがスッキリとしない。
寝るとヴィルデラルトの居る場所に行ってしまうせいで、休んだ気がしないのだろうか?
そんな事を考えながら、カナメは重たい瞼を開いていく。
視界にはすっかり見慣れてきた天井と……アリサの、顔。
「おはよ、カナメ」
「……え? うわっ!」
「おっと」
カナメが跳ね起きた衝撃に揺られながらも、アリサはベッドの淵に座ったままだ。
しかもどういうわけか、寝間着のままだ。
恐らく綿……まあ、この世界に綿があるか分からないので想像になるが、とにかく何かの布製の寝間着は厚手ではあるが、なんとなく無防備で柔らかな印象がある。
普段使う機会のない寝間着だが……そんな普段と印象の違うアリサがベッドに腰かけている事実がどうにも落ち着かない。
しかも、昨日の今日なのだ。
「何してるんだよ、アリサ……」
「いや。ちょっとつまらない事を聞くんだけどさ。カナメ、夢の中で私と会った? あ、変な意味じゃなくて本気で聞いてるんだけど」
変な意味、がどういう意味かについては突っ込めば負けだと知っているからカナメは突っ込まない。
なるほど。アリサは昨日見たモノが夢であったのか現実であったのか区別がつかないということなのだろう。
当然だ。非現実的にも思える体験の後に、目を開ければベッドの上だ。
とてもリアルな夢だと疑っても仕方のない事だ。
「アリサとイリスさんと、俺。それとヴィルデラルトだろ? 夢じゃないよ」
「……」
アリサはカナメの顔をしばらく見つめた後、長い溜息を吐く。
「……そおかあ。あれ、夢じゃないのか。 うーん……」
アリサはそう言って難しい顔をすると、ベッドに仰向けに寝転んでしまう。
アリサの背中が毛布越しにカナメの足に乗っかるが、アリサには気にした様子もない。
「夢じゃなかったら、何か問題あるのか?」
「いや、問題しかないでしょ」
カナメの問いにアリサは何言ってんのさ、と溜息をつく。
「いい? 寝てる間にあんな場所に行くってことはね。どういう理屈か知らないけど「意識が完全に体から離れてる」ってことなんだよ?」
「んー……そうだな」
「てことは、その間寝てる体は無防備そのものじゃない。暗殺騒ぎもあるっていうのに、どうやって反応しろっていうのさ」
「あっ」
そう、ヴィルデラルトのところへ行っている時には「感覚」も完全に向こう側にある。
ということは、刺されたところで起きない可能性すらあるのではないだろうか?
目覚めたら死んでいたというのは、少し……いや、かなりマズい。
「あ。いや、でも寝てるってことは元々反応できないんじゃ?」
「私は出来るよ。たとえばカナメが夜這いに来たとしても触れた瞬間に腕を捻りあげる自信はあるけど」
「なんで俺を例えにするんだよ……」
「じゃあエルの場合でもいいや。完璧に去勢してやる自信あるよ?」
「……そっか。俺に優しくてホッとしたよ」
話がズレてしまったが、とにかくそうした達人じみた感覚も「向こう」に行ってしまっているのでは意味がない。
アリサとしては、それは大きな問題となってしまうのだろう。
「で、とにかく目を覚ましてすぐにカナメに確かめに来たんだけど……カナメってば、まだグウグウ寝てるんだもの。一応「向こう」に残ってる可能性も考えて起こさないでいたけど」
「え。ちょっと。いつから此処に居たのさ」
「日が昇るちょっと前かな」
日が昇る前というと、二か三の鐘の頃だろうか。
今は日が昇ってしまっているが……遠く響く鐘の音が、六の鐘であることを教えてくれる。
日勤の準備を始める人達が目覚め、朝の準備をし始める頃だ。
「……聞くけど、ずっと此処に?」
「うん。ハインツも朝の準備に奔走してて居なかったしね」
それはつまり、カナメが寝ているところを観察されていたという事だろうか。
それはなんとも気恥ずかしいものがあるのだが……。
「途中でちょっと寒かったからベッドに潜り込んだりカナメをつついてみたりもしたけど、全く反応なかったしね。カナメが「どの時点」で帰ってきたのか分からないし、同じ帰還タイミングとしても同じ時間に帰ってくるとも限らないし……まあ、そもそもカナメが元々一度寝たら起きないタイプかも分からないし」
「何してんだよ……」
要は寝ている間好き放題にやられていたということだが、そこに躊躇いがないのは流石アリサということだろうか?
「仕方ないでしょ。アレは対策が必要な類の事象だよ」
「それは分かるけど」
たとえば、寝てる間に襲撃を受けたら帰ってこられるのか。
襲撃を受けても目覚めないというのであれば、相当問題がある……が。
そこで、カナメは「あ」と声をあげる。
「そういえば、イリスさんの暗殺騒ぎの日は俺、ヴィルデラルトのところじゃなくて無限回廊に行ってたぞ?」
「あ。そういえばソレもあったね。ということは……「何かある」時はカナメに警告がある、と考えれば自動で切り替えできてると考えていいの……かな?」
それ頼りっていうのも危険だけどね、と言うアリサにカナメも頷く。
とにかく対策しなければいけない問題なのかもしれないが、どう対策すればいいかはサッパリ分からない。
うーん……とカナメが唸っていると、部屋のドアが開く音がして……エリーゼが顔をのぞかせる。
「カナメ様。起きていらっしゃいますか? 今朝はとってもいい……天気……」
「待った。誤解だ」
ベッドの上のカナメとアリサを見てピタリと停止したエリーゼに、カナメはとっさにそんな言葉が出る。
事実誤解なのだが、信じてくれるかどうかは……この状況では、カナメ自身そんなに自信はなかった。
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