癒えない傷痕5
「守る? カナメが? 私を?」
「ああ」
呆けたような顔をしていたアリサに、カナメは言葉を重ねていく。
「アリサに救われた俺が、今度はアリサの力になる。それで、アリサが……」
アリサが間違っていなかったと、証明する。
そう言いかけたカナメの口を、アリサの人差し指が塞ぐ。
「それはダメ。私は、そんなの求めてない」
「な、なんで……」
「私は、カナメを縛り付けたいわけじゃない。そんな事の為に助けるほど、酔狂じゃないつもりだよ?」
そう言って、アリサは困ったような顔をする。
それは拒絶でないにせよ、やんわりとした断りの言葉だったが……カナメは、アリサの手をがっしりと握って「そんなのじゃない」と叫ぶ。
「俺だって、義務とか恩返しとか……そんなので言ってるわけじゃない」
「なら、なんで? カナメが私を守る理由って、何?」
「う……」
真正面から言われてしまうと、カナメの決意まで揺らぎそうになってしまう。
カナメの言ったことが伝わっていないわけではない。
守りたい、と。その意思は伝わった。その上で「恩返しなんかいらない」とそう言われてしまっている。
適当な理由をここででっちあげたところで、アリサには一切通用しないだろう。
だからこそ、カナメは「真実」のみを握ってアリサへとぶつかる。
「守りたいから、じゃダメなのか?」
「ダメ。却下」
「なんでだよ!? 守りたいから守るって、立派な理由じゃないか!」
「私、そういう出所不明の何かを受け取るのって嫌な性分だから」
「ぐっ!」
まるで自分の気持ちを裏金か何かのように言われた気分だが、まあアリサの言わんとする所も分かってしまう。
今の「アリサ語」を訳すなら「ごまかすんじゃねえ」といったところだろう。
伊達にアリサと旅をしているわけではない。
ない、が。しかしそうなると。「それ」を言って拒絶された時に、立ち直れるか少しばかり自信がない。
「……参考までに聞くけど、「大切な仲間だから」ってのは」
「それが本心なら、言ってもいいよ?」
ニコリと笑うアリサだが、どうやらその答えは許されないらしいと悟る。
つまり、もう逃げる猶予は無いということ。
当然だ。「守る」などと口にした以上、そこがリミットではあったのだ。
だから。
「好きだから」
だからカナメは真正面から、アリサにそう告げる。
「アリサのことが好きだから、守りたい。他の誰が裏切っても信用できなくなっても、俺が隣に居られるようにしたいんだ」
「別に他人が信用できないとは言ってないよ?」
「なら、アリサが無条件で信用できる俺になりたい」
「うーん……」
ずいと迫るカナメにアリサは困ったような顔をしながら……ふと思いついたように、ニヤリと笑う。
「エリーゼのことはいいの?」
「あ。え、と……」
「あの子、「カナメ様愛し」の一念でついてきてると思うけど。「私を好き」ってことは、そっちの気持ちに決着をつけたってことでいいのかな?」
アリサの言葉にカナメの威勢はみるみるうちに弱くなり……しかし、目だけは逸らさない。
そう、その問題は全く解決していない。
エリーゼはカナメのことを好きでいてくれているし、カナメもエリーゼに惹かれている。
それは、否定できるものではない。
「……ごめん。それには決着がついてない。俺の気持ちも、含めて」
「うん、だろうね」
「だから、好きとは言ったけど。アリサと今付き合いたいとかそういう話じゃなくて」
「うん、分かってる」
アリサが好きで、エリーゼが好きで、イリスが好きで。気の多い奴と言われても仕方が無い。
友情としての「好き」はとっくに超えていて。
けれど、「誰が一番好きなのか」と問われれば即答は出来ない。
それは、カナメが真剣に「先」を考えているからでもある。
その子と、どういう未来を描くのか。そう考えた時、カナメの足は自然と止まってしまう。
自分はこの子の行く道を共に歩けるのか。支えられるのか?
自分ははたして、釣り合うのか?
そんな事を、考えてしまうのだ。
「カナメは、重い男だもんね」
「えっ」
「気弱に見えて結構頑固だし、すぐ思考をめんどくさい方向に流すし、好きとか嫌いとかを必要以上に重く捉えてるし。たぶん、娼館とかも「行けないよ! あ、いや。働いてる人を馬鹿にしてるとかじゃなくて。なんとなく好きな人を裏切ってるっていうか……」とか言うタイプだよね」
「うぐっ」
たぶん、一字一句同じ事をカナメは言うだろう。別に娼館を否定してはいないし職業に貴賤なんてない。
犯罪抑止の為に必要だという話も聞いているし、そう考えれば立派な職業だとも思う。
けれど、自分が行くかとなると。
「ほーら、まためんどくさい事考えてる」
頬をぐにっと突かれて、カナメはぐうの音も出ない。
完全にアリサに思考を読まれてしまっているし、最初の話から随分脱線してしまっている。
「お、俺の事はいいだろ。それより、俺はアリサがなんて言おうとアリサを守るからな」
「あ、もう一つ追加。慣れてないのにカッコつけたがるよね」
アハハ、と笑うアリサにカナメは不貞腐れそうになる。
好きだなどとカミングアウトしたところで、アリサには全く男扱いされていない。
それはそれで……ちょっとだけ、ホッとしたような気もしたのだが。
そんな複雑な表情を浮かべるカナメの顔をアリサはじっと見上げるように見つめ……その頬を、両手で挟み込む。
「言っとくけど。私がその気になったら、カナメなんか瞬殺だよ?」
「え」
それはどっちの意味で、などと問う暇もなく。カナメの口は、アリサの唇で塞がれる。
一瞬にも、数秒にも思えるそれがキスだと気付いたのは、アリサの唇が離れた後で。
「あ、え、な、あ、アリサ……!?」
「もうひと押ししたら、落ちちゃうかなー。どうかなあ?」
ニヤニヤと笑うアリサにカナメは僅かな男のプライドを掻き集め、アリサをぎゅっと抱きしめて。
しかし、アリサの表情は全く変わらない。
「うん。で? ここからどうするの?」
「え、どうするって」
どうする。どうすればいいのか。
自分からキスをする? それとも。
「はい、時間切れ」
おでこをぐいっと押して、アリサはカナメの腕からするりと抜け出してしまう。
「カナメは絶望的に経験が足りないね。それじゃあ私には一生勝てないなあ」
「べ、別に勝つとか負けるとかじゃないだろ」
「まあね。経験豊富なカナメってのもなんか違和感あるし」
酷い言い草だが、否定できないのはなんとも悲しいものがある。
「じゃあ、もう少し回ってから帰ろっか」
会心の笑みを浮かべると、アリサは足に力を込めて。
「あ、私もカナメのこと、結構好きだよ?」
そう言って、
その後姿をカナメは固まったまま見送って。
「……ほんっと、女の人っていうか……女の子って凄いよなあ」
呟き、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます