癒えない傷痕4
「過ち……って」
間違っているところがあるようには思えない。
それがカナメの感想だった。
何が悪いかを知らないのであれば、教えればいい。
そうすれば償う事は出来ずとも同じ道を歩まずには済むかもしれない。
恐らくはそう考えたのであろうアリサが、間違っているとはカナメには思えない。
「何処が間違っているっていうんだよ?」
「そうだね。私も自分は間違ってないと信じてた」
他の冒険者達も幼い子供を殺すというのは流石に嫌がったのもあり、アリサは少年を連れ帰り騎士団に報告した。
しかし、それはそれで騎士団としても困ったことになる。
人身売買まで行っている極悪盗賊団ともなれば情状酌量の余地など無い。
しかし、幼い子供一人を「盗賊団の仲間だから」と処刑するのもなんとも外聞が悪い。
法がどうであれ「どうにかならないか」と騒ぐのが一般大衆であるし、実際盗賊行為に手を染めておらず善悪の判断も親頼りな年齢の子供ともなれば法的にも少しばかり微妙な部分はある。
……が、だからといって騎士団が少年の面倒を見てやるというのもそれはそれで外聞が悪い。
そんなクソガキの面倒を見るくらいなら孤児院の子供をどうにかしてやってほしいと騒ぐのもまた一般大衆であるからだ。
そうした市民感情にある程度配慮するのも騎士の仕事であるし、そうなると騎士団としては「責任もって面倒見ろよ」とまあ、こうなるのである。
しかし、アリサとしてもそれは想定内。その足で町中を回り、「一般的な市民生活」を見せて。
逃げ出そうとする少年を捕まえたり、宿でもぐるぐる巻きに縛ったまま物語を聞かせたりと、とにかく「常識」を仕込む事に腐心した。
そしてその結果、少年はその中にあった「盗賊の常識」をおかしいと思うようになったのか……ベッドの中で、夜毎泣くようになってきていた。
逃げようとする事もなくなり、アリサに文字の読み方を聞きながら本を読むようにもなってきた。
そしてそれを見て、アリサは自分が間違っていないという確信を深めていた。
「なら、やっぱり……」
言いかけたカナメに、アリサは「でも」と言葉を被せる。
「私も冒険者だから、仕事もせず一所に留まっているわけにもいかない。となると、その子をどうするかという話になるわけだね」
もう大丈夫だろうと判断したアリサは再度少年と共に騎士団へと行き、今後の事を話し合った。
ごめんなさい、僕が間違ってました。
そう呟き泣く少年に騎士達は満足そうに頷くが、しかしだからといって少年をどうするかという話になるとまた困った問題になってくる。
話し合った結果、少年はとりあえず冒険者となって薬草採りから始めて信頼を得ていってはどうか……という事実上の丸投げになった。
当時のアリサが思わず「役立たず」と呟いたのも無理のないことだが……とにかく、そういう事情で少年は冒険者となった。
盗賊団の生き残りということで他の冒険者からの目は当然厳しかったが……黙々と町の外に出て薬草採りをこなす少年に、アリサは多少の「生き残る術」を教えた。
薬草の見分け方の本に、簡単な短剣の扱い方。それと、安物ではあるが鉄の短剣。
しばらくは心配したアリサもついていったが、少年の成長は素晴らしかった。
丁寧な薬草採りは評価され、野生動物の退治も少しずつこなすようになった。
アリサさん、と嬉しそうに自分へ駆け寄り戦果を報告してくる少年に、アリサは「弟がいたらこんな感じだろうか」などと思う事も多くなった。
しかし、アリサは根っからの冒険者だ。この町に留まるのもそろそろ限界だと思っていたし……少年をもう、この町に残していくのが一番正しいだろうと考えていた。
そして、やがて少年がはぐれ
それだけ出来ればやっていけるだろうと多少自信なさげに言うアリサに少年は「ありがとう」と言って笑う。
アリサさんのおかげです、と。そう言う少年に照れくささを感じつつも、自分は間違っていなかったとアリサは多少の満足感を感じた。
これでいいんだ、と。そう思ったアリサは、もう自分は居なくていいと少年に別れを告げる事にする。
今度こそ、正しく生きてほしいと。
そう願いながら立ち去ろうとするアリサに、少年は走り寄り抱き着いて。
……そして、完全に油断していたアリサに、禁じられた毒を塗った短剣を突き刺した。
「ようやく油断したな……と。そう言ってたよ」
「なん、で。え、だって。アリサは」
「そうだね。私はあの子を救ったつもりだった」
だが、少年にとってはそうではなかった。
命を救われたのは事実。正しい「世界」を教えてくれたのも事実。生き残る術を教えてくれたのも事実。
感謝していたのも、事実。
だが、それを超えるものが少年の根底にはあった。
「あの子の「世界」と「家族」を殺したのも、私。あの子にとって、それは間違いであっても大切なものだったんだろうね」
正しい世界が明るければ明るいほど、少年の心の暗い炎は強く燃え盛ったのだろう。
自分達の「世界」を奪ったものが、自分の家族を殺したアリサが……憎くてたまらなかったのだろう。
アリサの使った魔法が、余程強く印象に残っていたのだろうか。
短剣に塗られていた毒は「魔法士殺し」とも呼ばれる禁じられた毒であった。
体内に入れば魔力バランスを大きく崩し「魔力の放出機能」を狙い撃ちするかのように壊す、呪われた毒。
「別名、
今まで感じたことすらない感覚に混乱する中で、トドメを刺そうと短剣を振りかぶる少年をアリサは斬り殺した。
手加減する余裕なんて無くて。そんな気持ちすらも、その瞬間は何処かへと消えていた。
拙い、殺される。そんな焦りだけが、アリサを突き動かしたのだ。
「薬の正体に気付いたのは、魔法が使えなくなった事に気付いた後。
どうやら少年は、仕事で得る僅かな報酬を
最初から最後まで……アリサは、少年にとって仇でしかなかったということなのだろう。
冒険者としてのキャリアは「底なしの馬鹿」という評価がつくことで信用が地に落ちた。
貯め込んだ金は、魔法屋で買い漁った魔法の対価で消え去った。
鍛え上げた実力も、魔法が使えなくなったことで大きく後退した。
「今は、それなりに
今まで仲が良かったはずの連中は皆手の平を返し、冒険者ギルドからもゴミのような仕事しか回ってこなくなり……アリサは万全ではないまま街を一人離れ遠くへと旅立つしかなかった。
そして、そんなアリサは余程カモに見えたのだろう。冒険者仲間だと思っていた連中が道中襲撃をかけてくる中で、それでもアリサは逃げ延び
「で、今の私があるってわけ」
終わり、と気軽な調子で言うアリサにカナメはしかし、何というべきか迷ってしまう。
カナメがそんな目にあったのであれば、人間不信に陥るのは確実だ。
だがアリサからは、そんな暗い感情は感じられない。何故、こんなにも明るくいられるのか。
それとも、明るくふるまっているだけで……本当は、カナメ達の事を信用など。
揺らぎながらも、カナメは「違う」と強く自分の中の戸惑いを振り払う。
アルハザールの加護よあれ。
そう叫んで、アリサは「カナメを助ける為」にドラゴンへと向かっていった。
それだけ裏切られても尚、アリサは誰かを……カナメを、助けようと命をかけたのだ。
カナメがそれに応える確信など、何処にもなかっただろうに。
それでも、アリサは。
「……アリサ」
「ん?」
アリサはカッコいいと思っていた。
だから、カナメは理想のイメージをアリサに求めた。
だが……そのアリサの根底にあるのは、カナメの思っていたよりもずっと……ずっと、昏いもの。
それを消せるとも、忘れさせるともカナメに言えるはずもない。言っていいはずもない。
カナメに言えるのは……出来るのは、ただ一つだけ。
「俺が、アリサを守るよ」
何があっても、今度は自分がアリサを守る。そんな、小さな誓いだけだった。
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