癒えない傷痕3

「わ、我が前に敵あり! 望むは氷雪……」

土撃アタックアース!」


 必死で詠唱をしていた魔法士らしき男を、アリサの放った土撃アタックアースが弾き飛ばす。

 魔法とは基本的に「詠唱」と「発動の言葉」で成るモノだが、理解さえ出来ていれば簡単な魔法の場合は詠唱などすっ飛ばす事だって可能だ。

 それでも詠唱が大切とされるのは単純に安定度の問題であり、こんな状況でノロノロと詠唱しているようでは首を飛ばされたって文句は言えない。


「があああああああ!」


 背後から斬りかかってきた盗賊の斧をアリサは受けるようなことはせず、素早く回り込んですれ違いざまに剣で一撃を加える。

 短く悲鳴をあげて倒れる男をそのままに、アリサは周囲の状況を素早く確認する。

 もう近くには、誰もいない。

 アリサとノーデンが突入してからしばらくして、他の場所からも戦闘音が聞こえ始めたが……こうなってくると、制圧まで然程時間はかかるまい。

 時折聞こえてくる魔法の炸裂音が敵か味方か分からないが、わざわざフォローにいってやる必要性も感じない。


「がっ!?」


 ふと響いた悲鳴に振り向けば、弓を構えていた男が木の上から地面に落ちたところだった。

 ナイフが刺さっているところを見れば、誰がやったかは確認するまでもない。


「油断大敵だな、アリサ」

「そだね。ていうか、いつの間にか消えてやがって。どうだったの?」


 逃げた、とは言わずどうだったかと聞くあたりにある程度のアリサからの信頼が伺え、聞かれたノーデンは肩をすくめる。


「痕跡はあったが、いねえな。たぶんタイミングが悪かった」


 アリサとノーデンが言っているのは、誘拐された女や子供の事だ。

 彼等は買い手がつくまで盗賊団のアジトに閉じ込められている事が多いが、それが「痕跡だけ見つかった」ということは……つまり、此処に居た人達はすでに人買いに売られてしまった後だという意味だ。

 そうなってしまえば、もうアリサ達に此処で出来る事は……一人でも多くひとでなし共を駆逐することしかない。

 といっても、もうアリサとノーデンが何もせずとも片づくだろう。山場はすでに過ぎている。


「……まあ、仕方ないか」

「ああ。対応の遅い騎士様と手際の悪いギルドの連中が悪いのさ。あとは世界が悪いな」


 アッサリと割り切ったアリサとノーデンは言いながら、近くの建物へと目を向ける。

 どうやら盗賊団の住居の一つであったらしいその建物の扉は、僅かに開いていて……その隙間から、アリサ達を伺っている何かが居る。


「どう思う?」

「どうもこうも。捕まってたガキならとっくに駆け寄ってきてると思うがな」

「だよねえ……」


 まあ、想定できてはいたことだ。

 此処に盗賊達が生活の基盤を置いていたというのであれば、「家族」という単位で暮らしていてもおかしくはない。

 盗賊を生業とする、盗賊村。そんなものが本気で存在するとは思いたくもなかったが、あの視線から感じる敵意からすると恐らくは。


「はあー……」


 溜息をつきながらアリサが扉の方向へと向き直り歩いていくと……そのタイミングを狙っていたとでも言うかのように木製の玩具の短剣を構えた年端もいかない少年がアリサへと雄たけびを上げながら向かってくる。

 しかし、その顔は泣き濡れた跡が明らかで……目も腫れぼったい。

 同年代の子供と比べれば動きは早いのかもしれないが、アリサにとってみれば変わりはなく。

 鞘をベルトから外したアリサは、少年の玩具の短剣を持つ手を少し軽めに打つ。


「ぎっ!」

「おい、このバカ。冗談でもそんな事するもんじゃないよ」

「全くだ。場合によっちゃ斬られても文句言えねえぜ」


 見下ろすアリサとノーデンに、少年はしかし憎しみを込めた視線を向けてくる。


「うるさい! お前等みたいな悪い奴等なんか、すぐに皆がやっつけちまうんだからな!」

「悪い奴?」


 誰の事だとアリサとノーデンは顔を見合わせ……互いに「お前だ」と指を指し合う。

 勿論そんなのは冗談で、アリサとノーデンは素早く状況を把握しようと頭を働かせる。

 これは、つまり。


「おいおい、そういう事かよ」

「まあ、うん。これが日常なら「そう」なるよねえ……」

「な……なんだよ!?」


 つまり、少年にとってアリサ達は「日常を脅かした悪人」なのだ。

 当然のことだが、悪人にとっての「正義」は通常のものとは大きく異なる。

 そして、その通常でないものを「日常」として育ったのであれば……当然、それを崩す者が極悪人に見えるのは当然だ。

 しかし、そんな悪人の論理は正常な世界では通用しない。


「厄種だぜ、アリサ。ここで斬っちまったほうがいい。騎士団も、こんなガキを死刑にゃしねえだろうが……放り出した所で行く末は見えてる」

「え、あ……ヒッ……」


 ノーデンの出す殺気に、少年は震え腰を抜かすようにへたり込む。

 ごろつきならまだいいが、殺人を厭わぬ強盗や裏稼業の連中の仲間にでもなれば目も当てられない。

 そうなる前に殺した方がいいとノーデンは諭すが……アリサには、そうは思えなかった。

 間違ったものを常識として覚えているのであれば、正せばいい。

 玩具のナイフを振り回して大人ぶっている年齢の子供であれば、深い闇に身を浸しているわけでもない。

 まだ充分、引き返せるところにいるはずだ。そうやって手を引いてやる寛容が強い絆を作ったと、アルハザール神殿でも教えているではないか。

 ならば。ならば、ここで手を差し伸べる事こそが、この少年を本当に救う道ではないのだろうか。

 そう考えたアリサは、少年へと手を差し出す。


「あんたは、間違ってる。どう生きるにしろ……まずは、それを知るべきだ」


 その手を握れば、この場で死なずにすむと思ったのだろうか。

 怯えながらも握り返してきた手を、アリサは強く握る。

 

 ……これが、アリサと少年の出会いであり……アリサの犯した、最大の過ちであった。

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