癒えない傷痕

 極悪非道の盗賊団の退治。

 冒険者ギルドで聞かされていたのは、そんな内容だった。

 

 その所業、筆舌に尽くし難し。

 男は殺し、ヴーンの住む森へと放り込んで。女は犯し子供と一緒に非合法の人買いに売り払う。

 馬を奪い、馬車を焼いて痕跡を消すやり方は発覚までに相当の時間を要したという。

 

「ていうか、どうやって発覚したのさ」

「たまたま悲鳴を聞いた旅人が居たらしいぜ」


 たすけて、と叫ぶ声。

 ころさないで、と泣きながら請う声。

 それを聞いた瞬間、その旅人は来た方向へと身を翻して逃げた。

 当然だ。正義感で飛び込むのは勝手だが、それで死んでも喜ぶのは獲物が増えた盗賊だけだ。

 一人で蹴散らす確かな自信がないのであれば、見捨てるのは当然のことだ。

 ひょっとしたら助けられるかもと根拠のない考えをちらつかせた時点で、旅人の生存率も極端に下がるのだから。

 故に、その旅人は「本当の勇気」があったと称賛されるべきだ。


「で、そいつ等がこの先にいるってわけだ」

「そういうことだな」


 赤髪の少女に、金髪の男がそう答える。

 二人が歩いているのは山の中で……しかも、道などではない木々と背の高い草で埋まった場所だ。

 それをガサガサと掻き分けながら歩く二人が気晴らしにそんな事を呟きあうのは仕方のない事ではあるが……これは、一種の儀式でもある。


 そもそも赤髪の少女……アリサと金髪の男、ノーデンはこの依頼にあまり乗り気ではなかった。

 極悪非道の盗賊退治などといったところで、相手が人間でありやることが人殺しなのに変わりはない。

 本来ならば、そんなものは騎士様の仕事であろうと思うのだが……山の奥に住んでいる盗賊団を退治するとなると鎧に身を固めた騎士には少しばかり不得手なところがある。

 その為、こうした仕事に関しては冒険者ギルドが騎士団に恩を売るために積極的に受けている事情もある。

 勿論、返り討ちにされても仕方が無い為「実力のある冒険者」が大人数で事にあたるのが常となっており……今回も、アリサ達の他に十名以上の「ベテラン」達が選ばれている。

 その彼等は別ルートから盗賊団のアジトを目指しているはずだが……今のところ、何処かから戦闘音が響いてくるというようなことはない。


「……待て」


 先行していたノーデンが、片腕を軽く上げて背後のアリサを制止する。

 何故そうしたかは、アリサにもすぐに分かった。


「音鳴りの罠か」

「ああ、見せ罠な可能性もあるがな。調べてみるから動くなよ」


 罠や鍵の解除、あるいは仕掛ける事なども専門とする罠士のノーデンはアリサと組んで何度も仕事をしたことがあるが、その腕はアリサも信用している。

 ここでいう「音鳴りの罠」とは紐や縄に一定間隔で音の鳴る物を取り付けた簡単な罠全般を指し、主に侵入者の発見用などに使われるものだ。

 ノーデンの言う見せ罠というのはつまり、この「音鳴りの罠」を見つけた事に安心して別の罠に引っかかるようになっているような仕掛けの事だ。

 それがどんなものかは仕掛けた側の性格の悪さによるところはあるが、大抵は回避の難しいエグいものが仕掛けられている。

 やがて調べていたノーデンは頷くと、音鳴りの罠周辺の草を少しだけ慎重に刈り取ってしまう。


「……うし、これで俺達が通る分には鳴りゃしねえ。が、一応用心して大きくは動くなよ」


 この辺りの草は背が高い分、僅かな揺れでも大きく反応しやすい。

 ノーデンがやったのは、その可能性を僅かでも消すためのものだ。


「おっけー。でも、こんな場所にまで仕掛けてるなんてね。人の通った跡は無かったと思ったけど」

「たぶん通らなくなってから大分たつんだろうよ。保存の魔法さえかけときゃ、放置しても腐って切れたりはしねえ」

「随分と金持ちなこった。魔法の縄だって安かないだろうに」

「積み荷だった可能性もあるぜ。さ、ここからは無駄口はナシだ。罠があるってこたぁ、此処からは連中の警戒域だ」


 まあ、どちらにせよ……こんなものを仕掛けているということは、本気の盗賊団だとアリサは思う。

 凶作の年に生きるか死ぬかの瀬戸際に追い込まれた村の連中が盗賊行為に走ることは、たまにある。

 そうした事例は大抵騎士団に鎮圧されるが……そうではなく、「職業盗賊」と呼ばれるような連中が生まれる事もある。

 生きるか死ぬかという話ではなく、稼業として盗賊行為を選んだ連中のことだ。

 当然の話だが、どの国でも盗賊行為は厳罰が課される。

 旅人を襲うような盗賊は一般市民でも返り討ちにして良いと規定されており、その場合盗賊は殺されても仕方が無いとも規定されている。

 捕まえたとしても生かしておくのは単純に被害者の身元の特定や人買いと繋がっていた場合の情報を吐かせる為であったりして、余程のことが無ければ死罪になる。

 当然、盗賊行為の現場で斬り捨てる事も違法ではない。同じ「人」から奪う事を決めた時点で「人」ではなく、モンスターの類と同列であるとされているからだ。

 そしてこれは、「盗賊行為は割に合わない」と教える為の抑止効果をも狙っているのだが……それでも「バレなければいいのだろう」と、より凶悪な行為に走る盗賊団を目立たせる結果となった。

 この音鳴りの罠は、この先にいる盗賊団がその類であることを……アリサ達に、予感させていた。

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