夜の散歩3

 カナメとアリサは、跳躍ジャンプで屋根から屋根へと跳んでいく。

 響く音は鈍く、重く。アリサより不安定な動きをしていたカナメの跳躍ジャンプも、段々とアリサに追随するようなものになっていく。

 

「ん、段々良くなってきたね」

「そう、かな?」


 すでに何処かも分からなくなってきた屋根に着地すると、アリサはカナメに笑いかける。


「そうだよ。イリスが師匠が私だっていうから何の話かと思ったけど……すっごい納得した」

「えっ」

「だって、段々私の動きに似てくるもの。何をイメージしてるか一目瞭然だよ」

「あー……」


 なるほど、確かにカナメの跳躍ジャンプはアリサをイメージしている。

 目の前でアリサの跳躍ジャンプを見ていれば、似てくるのも仕方がないというものだし……気づかれるのも当然だろう。


「確かに魔法使用時のイメージに誰かをイメージする方法はあるけど……まさか自分が「それ」になるとは思わなかったな」

「ん……嫌だったかな」

「いや、別に?」


 アリサはそう言うと、指を一本立てて見せる。


「何度も言ったと思うけど、魔法とはすなわちイメージ。カナメの中で跳躍ジャンプのイメージが私なら、それが一番効率のいい使い方なんだよ」


 そもそも跳躍ジャンプとは高く跳ぶ為の魔法だが、そのイメージは人、あるいは魔法屋で大きく異なる。

 とある者は「自分が空に吸い込まれるイメージ」で跳躍ジャンプを使うと語る。

 とある魔法屋では「自分に翼が生え、今まさに舞い上がるところを想像してほしい」と教える。

 ベテラン冒険者には「自分がウサギになったと思え」と言う者もいる。

 どれも強く、高く空に向かうイメージを描いているという一点においては変わりなく……そこに自分の理想する跳躍ジャンプの姿を見ているのだ。

 そしてそれが……カナメの場合にはアリサであった、というだけの話だ。


「ま、跳躍ジャンプの使い方としては邪道なんだけどね。本来のモノを教える前に慣れさせちゃうのは少し不安が残るけど……」


 空高く跳ぶ為の跳躍ジャンプを移動用として使ってしまっているアリサの使い方は、緊急回避用でもある跳躍ジャンプをその本来の用途の時に「とっさの選択肢」として浮かばなくさせてしまう危険性がある。

 弓で戦うカナメのスタイルを考えると、どうなのだろうと思わないこともないのだが……まあ、今からイメージを修正していく方が半端なものになってしまう可能性が高い。ならば、今のイメージのまま仕上げた方が使い物になると判断しての特訓だ。


「ま、いいか。カナメ、これで跳躍ジャンプの基本は掴めたと思うけど……ちょっと応用すると、こういう事も出来るよ」


 そう言うと、アリサは近くにある高い建物に向かって「跳躍ジャンプ」と唱え直進する。

 それは普通に考えれば、愚かすぎる行為。

 跳躍ジャンプの推進力で壁に真っすぐ突っ込むなど、壁の染みになるか複雑怪奇な死にざまを壁の向こう側に瓦礫と共に晒す結果のどちらかにしかなりえない。

 ……が、アリサは激突の寸前でクルリと体の向きを変えて壁に「着地」する。


跳躍ジャンプ!」


 そうして、その身体が自然の法則に従い落下するより前に新たな跳躍ジャンプで跳ぶ。

 壁を地面として発動した跳躍ジャンプはアリサをカナメの元へと導き……アリサはカナメの近くに勢いよく着地する。


「見てた?」

「み、見てた……けど。 え、今……跳躍ジャンプの途中で向き変えた?」

「変えたよ? 体の向きを変えるだけだから楽だよ」


 跳躍ジャンプは跳ぶ魔法。そうとだけ考えている限り、「身体の向きを変える」事には中々思い至らない。

 跳躍ジャンプを直線移動に使おうとして壁に激突した事例は、アリサに言わせれば「壁に着地すればお腹か背中打つくらいで済んだのに」という程度でしかない。

 跳躍ジャンプの魔法によって足が僅かに強化される事の利便性にもっと目を向けてさえいれば「そういう使い方」にも気づくはずなのに、誰もが「魔法という計算式によって引き起こされる結果」を一定のものと考えたがる。

 

「魔法はイメージ。想像力の限界は才能の限界だよ、カナメ」


 魔法の理論を習った者程、そんな単純な事を本当に理解してはいない。

 ウサギも、鳥も……ありとあらゆるイメージがどうして一つの「結果」に集約されてしまうのか。

 それは結局のところ「魔法という美しい計算式」の巨大なイメージを誰もが共同幻想のように保有しているからに他ならない。

 それを前提にした現代魔法を打ち破る事が出来る者がいるとすれば、そんなものを習ったことが無い者か……そんなものには、頼れなかった者か。


「イメージ、か」

「そ。イメージだよ、カナメ」


 アリサはそう言うと、くるりと向きを変えて町の中心部の一際大きい建物へと目を向ける。

 確か大神殿とか呼ばれていたソレは夜でも煌々と明かりがついており、何処にいても目立つ存在感を放っている。

 カナメの視線も、自然とそちらへ向かい……二人で大神殿を見つめたまま、無言の時間が流れる。

 一度無言になってしまうと、不思議と会話の糸口が掴めなくなってしまうもので。

 それでもカナメは何か言わねばと口を開いて。しかし、その口から言葉が紡がれるより前にアリサの口が小さく動く。


「……弟」


 ぼそりと呟かれた言葉に、カナメは弾かれたようにアリサへと視線を向ける。

 

「弟みたいに思ってた子がいたって、言ったよね」

「あ、ああ」


 その子は今どうなっているのだろうと想像はした。

 幸せなのか、そうでないのか。

 ひょっとしたら何か難病を抱えていて、アリサが冒険者をやっているのはその為ではないのか……などという想像をしたりもした。

 もしそうなら、自分は。そんな事を考えていたカナメの思考の全ては……次の一言で、断ち切られる。


「その子は、もう居ない。私が、殺したからね」


 そう、それはアリサがカナメと会うよりも前の話。

 アリサがまだ……「普通の冒険者」であった頃の。

 そんな、話だ。

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