夜の散歩
そのまま出かける気も起こらず、夜になって。
カナメは、部屋のベッドの上で黄金弓を見つめていた。
磨かずとも輝き、張り直さずとも弦が緩むことは無い弓。
それでも何となく気が付いたら手入れをするようにはしているのだが、店で買ってきた普通の弓と比べると桁違いのものであることを思い知らされるばかりだ。
「……レクスオールの弓、か」
この弓はカナメの本質だと……カナメだけの魔法の形だとレヴェルは言っていた。
未だ使いこなせてはいないが、身に余る力であるように思う。
この前のダンジョンで、それはより一層強く感じた。あの場に満ちていた恐ろしい何かでさえも、カナメは矢に変えられる。
その仕組みが分からずとも、「そう出来る」と分かっているだけで使えてしまう。
考えれば考えるほど、使えば使う程強力な力である事が理解できていく。
だからこそ、恐ろしいとも思う。
レクスオールは当然、カナメよりも弓を使いこなしていただろうし……他の神々と、その神具もあった時代。
いわば世界最強が揃い踏みした「伝説の時代」に、その神々と渡り合った破壊神ゼルフェクトは……どれ程の力を持っていたのか。
あのダンジョンの僅かな力からでも、あれ程に強力な矢が出来てしまう。
ならば……ゼルフェクト本人の力は、一体どれ程の。
考えるだけで震えが起こるようなそれをカナメは頭から振り払い、弓を置いて窓際へと歩いていく。
冷たい夜風は、ネガティブな方向に向きかけたカナメの心を程よく冷やして。
そういえば……と今朝のアリサの言葉を思い出す。
また夜に、とは言っていたが……具体的にどの時間、とは聞いていない。
何度目の鐘が鳴った時が聞いておけばよかったとは思いつつも「その時になったらアリサが声をかけてくれるだろう」と思っていたのも事実だ。
「……ダメだよな、そんなんじゃ」
女の子から誘われるのではなく、自分から行かなければダメだ。
なんとなくそんな事を考えながら、カナメは部屋の扉を開けて。
「うわっとっと」
丁度ドアノブを掴んでいたらしいアリサが、扉と一緒に部屋の中へとよろけながら入ってくる。
「わ……っと」
「むぐっ」
カナメの胸元に丁度飛び込む形となったアリサをカナメはそのまま受け止め「大丈夫か?」と問いかける。
「ん、だいじょぶ。あー、驚いた」
カナメから離れたアリサは照れ隠しをするように笑うと、カナメを上から下まで見て「出かけるの?」と首を傾げる。
余所行きのままのカナメの恰好を見れば当然の想像だが、カナメは首を横に振って否定する。
「いや、アリサの所に行こうかと思ってた。ほら、朝の件でさ」
「ああ、私も丁度その件で話をしようかと思ってたとこ」
言われて見てみれば、アリサは背中に剣を背負っているのが見える。荷物袋こそ持っていないが、完全に外に行く格好だ。
「……えっと、外行くのか?」
「そういうこと。ただ話をするんじゃつまらないしね?」
「じゃあ、俺も弓を」
「ナイフだけでいいよ」
「え、でも」
「持っててもいいけど、邪魔だと思うよ?」
アリサの言葉に、カナメは首を傾げて疑問符を浮かべる。
外に行くのであれば、昨日の今日だ。
武器を持っていた方がいいと思うのだが……。
「カナメの弓は呼べるでしょ。練習には邪魔なんだから、置いときなよ」
「練習?」
「そ、聞いたよ?
イリスさんから聞いたんだな、とカナメはガックリと肩を落とす。
アリサに披露できるようなレベルではないし、出来ればもっと自在に使えるようになってから驚かしたかったのだが……。
「そんな落ち込む事ないじゃない。立派だよ、立派。私が見てあげるからさ、
確かにそれは、カナメにとっても魅力的な提案だ。
カナメの
「じゃあ、お願いしてもいいか?」
「勿論。じゃあほら、さっさとナイフ着けて。準備出来たら行くよ?」
窓枠に足をかけるアリサを、カナメは慌てて後ろから掴んで止める。
「ちょ、待ったアリサ! 昨日ソレやってダルキンさんに軽く怒られてるんだって!」
「何言ってんの。カナメじゃあるまいし、窓から
そう言ってカナメの手を振り払うとアリサは窓から飛び出し、猫のように回転しながら地上へと降り立つ。
「ほら。おいでカナメ」
「え、あ。いや。俺がそれやるのは無茶じゃないかな……」
「出来るって。街を駆け回るような
そう言うと、アリサはカナメを見上げ手を広げてみせる。
「大丈夫、私はカナメを信じてる」
ズルい、とカナメは思う。そんな事を言われてしまっては、跳ばないわけにはいかない。
だから、カナメは。
「……分かった。俺も、アリサを信じる」
窓枠に足をかけ……下へ向けて、跳んだ。
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