聴取が終わって
聖騎士団の二人も帰って、夕方よりは少しばかり早い時間。
エル以外の全員が帰ってきた中で、カナメは今日の事を全員に話していた。
終わった後、アリサもエリーゼも……ハインツは最初から何の反応も見せないが……黙っていた。
しかし、エリーゼはしばらくするとプルプルと震えだし……やがて、我慢できないといった様子でテーブルをバンと叩く。
「許せませんわ……よりもよってカナメ様を会うなり詐欺師か何かのような扱い! カナメ様が嘘をつけない性格なのは一目瞭然ですのに!」
「え、あ、うん。ありがとう……褒めてくれてるんだよな?」
「微妙なとこだね」
「褒めてますわ! 正直は大体の場合において美徳ですもの!」
エリーゼは叫ぶと、隣に座るカナメの服の裾を掴む。
「私がその場に居たら、ガツンと言ってやりましたのに! イリスさんもなんでもっと強く仰らなかったんですの!?」
「無理を言わないでください。私だって、あの時は手が出そうになるのを我慢するので精一杯だったんです」
「出してしまえばよろしかったんですのよ。それだけ失礼なら、頬の一発くらい張っても許されますわ」
「いや、彼等はあれが職務ですし……エリーゼさんならともかく私がやると、ちょっと洒落にならない怪我になる恐れが……」
「……手加減なさいな」
エリオットの首がビンタで変な方向に曲がるのを想像して、カナメはブルリと身体を震わせる。
そうならなくて本当に良かったが、まあ今のはイリス流の冗談だろうとカナメは聞き流す。
実際エリーゼも冗談で落ち着かせたのだと思ったのか、冷静さを取り戻している。
「まあ、犯人……というか黒幕が見つかるかは微妙なところだね」
「え?」
アリサの言葉に、カナメは驚いたような顔でアリサを見る。
これだけ事情聴取をして、現場で聖騎士達がプライドにかけて捜査をしている。
それなのに、見つからないというのだろうか。
「でも、申し送りとかの物証もあるだろ? 偽神官の顔見てる人もいるんだし」
「どうかな。一つ一つが問題が無いのであれば、その申し送りがきたルートも全部バラバラなんだろうし。偽神官にしたって、ちょっとの変装や化粧でいくらでも印象は変わる。なにより神官は「服」が一つの目立つ証だからね。顔まで正確に覚えてる人が、どれだけいるかな?」
なるほど、確かに人は「より印象に残るもの」を覚える。
神官服を見て「ああ、この人はあそこの神官だ」と納得したなら、顔などほとんど印象に残っていない可能性はある。
しかし、そうだとしても……。
「そこまで舞台を用意できる人なんて、限られるはずだ。少なくとも権力が無いと出来ない」
「そうだね、その通りだ。でも私はこうも思うよ。今回のコレが、私達が来てからの短期間で整えられたはずがない、ってね」
「どういう……」
「聖国の仕組みの一つかもしれない、ということですのね……」
エリーゼにアリサが頷き、イリスは黙り込む。
そう、今回の暗殺未遂事件の仕組みは複雑だ。
聖騎士団に僅かな時間だとしても悟らせないように巡回に「穴」を仕込み、不信感を抱かせぬ周辺住民の人払いを手早く済ませる。
暗殺の実行犯の事をさておいても、これだけでかなり大規模な仕組みと言わざるを得ない。
こんなものを、たった一日か二日で整えられるはずがないのだ。
「たぶんだけど……同じような「穴」は不完全なままで、あちこちにあるんだよ。一定の日、一定の時間に「そうなる」ように仕組まれてて、昨日はイリスが其処を通ると推測されていた。だから実行された。こんなところじゃないかな?」
「仕組まれて……って、なんでそんな」
「闇は何処にでもあるよ、カナメ」
その一言で、カナメは理解する。
たぶん、徹底的に人払いをしなければ実行できないような何かに「それ」は使われるのだ。
恐らくは宗教国家である聖国にしか出来ないような、そんな仕組み。
住民を適当な理由で遠ざけるだけで完璧な「無人空間」を形成する、未完成の穴。
それが今回は、イリスを暗殺する為に使われた。
「でも、そんな。いや、それだったら」
「それだから、きっと見つからない」
きっと、捜査は何処かで止まるだろう。
その「仕組み」の露見を好まぬ誰かの手で、ちょっとした「結末」を演出されて。
そしてそれは……真実には、程遠い。
「勘のいい奴なら、外部の奴でもこの仕組みに気付くかもしれないし、利用しようとするかもしれない。そういう意味では「本当の犯人が誰か」はきっと分からない。最初からそういう仕組みなんだろうしね」
そう、「誰が利用したか」などきっと分からないようになっている。
誰もが見て見ぬふりをする、闇の溜まったゴミ箱。
それがきっと、昨日のあの場所なのだ。
「……なら、まだ続くのか?」
「さあね。なんでイリスを狙ったかは不明のままだ。何とも言えないよ」
そう、それがまだ分からない。
イリスが邪魔だったのか、それともイリスではなくイリスを殺すことによって起こる何かが目的だったのか。
もし後者だとすれば……狙われるのはイリスだけではない。
「レクスオール神殿の神官長が帰ってきたら……何か変わるのかな」
「……少なくとも、事態は動きます」
重々しく呟くイリスの言葉を最後に、全員が黙り込む。
今は……少なくとも今は、それ以上は何も出ないと知っているから。
それに託すしかないと、分かっているからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます