どうしたものか
朝の食事が終わるとエルは「今日こそは」と出かけていくが……まあ、今日もダメだろうなとは思いつつも誰も口にしないのは優しさだ。
カナメが食後のお茶をゆっくりと楽しんでいると……隣に座っていたエリーゼが立ち上がる。
「あ、エリーゼは今日はどうするんだ?」
「はい。私は今日は……少々ハインツと外に出てまいりますわ」
そう言って微笑むエリーゼだが、カナメの中に一抹の不安がよぎる。
昨日のイリスの暗殺未遂のようなことが起こったらと考えてしまうのだが……ハインツがいれば大丈夫だろうかという思いもある。
「そっか……ハインツさんが居れば大丈夫とは思うし、出来れば一緒に行けたらとは思うんだけど」
「ふふっ、大丈夫ですわ。危険な場所には行きませんし、ハインが居れば大概の事は安心ですもの」
「そ、うだよな」
「ええ。でも、ありがとうございます。心配してくださるということが嬉しいですわ」
気遣うつもりで気遣われてしまった事にカナメは気付くが、何も言わずに笑顔で答える。
「それより、今日はカナメ様は聖騎士団が来るのですから準備をなさいませんと」
「え。でも昼からだよな?」
「分かりませんわよ。「丁度近くに来たから」とか言って早めに来ることもありますもの」
それはいい加減というよりは、余計な口裏合わせをされないようにする為の知恵だ。
意表を突く事で冷静さを崩し、本人が言おうと思っていなかった事まで引き出すテクニックであり……可能な限り真実を引きだす為に受け継がれてきた手段なのだ。
「ん……そっか。じゃあ、またダルキンさんに何か服借りた方がいいのかな?」
「ええ。それがよろしいですわ。冒険者用の服は、どうしても尖った印象がありますから」
「今日は銅貨2枚でよろしいですよ」
近くにいたアリサが銅貨を2枚弾いて飛ばすと、ダルキンは目に見えぬ速度で2枚ともキャッチして何処かに仕舞い込む。
「はい、確かに。棚から好きなものを選ぶとよろしいかと」
「手伝うです」
「いや、それはいいから」
ひょっこりと出てくるルウネにカナメは軽く断りを入れると、残ったお茶を一気に飲み干す。
優しくも少し苦い味のするお茶は朝の目覚めには相応しく、カナメは立ち上がるとぐっと腕を伸ばして身体をほぐす。
その様子をルウネはじっと見ていたが……カナメの正面に回ると、軽く首を傾げる。
「服は、人の印象を決定づける、です」
「ん、ああ。そうだね?」
「聖騎士に受けのいい服、選べるですか?」
「え」
適当に地味で真面目そうな印象の服を選べばいいと思っていたが、違うのだろうか。
僅かに動揺するカナメの隙を見つけ、ルウネは目を光らせる。
「ルウネはメイドナイトだから、その辺り完璧です。しかもこの街も長いですから、他のメイドナイトやバトラーナイトには出来ない事情や流行も深く知ってるです。他に適任、いないです」
さりげにダルキンやハインツではダメだと牽制しつつ迫るルウネにカナメは呻いて後ずさる。
そう言われてしまうとその通りだし、第一印象で失敗してしまう事の危険性もカナメは理解している。
しかし、いくらメイドナイトとはいえ女の子に服を選んでもらう男というのもどうなのだろう。
いや、そんなものはカナメの安いプライドに過ぎないのも分かっている。
悩んだ末に……カナメは軽く頭を下げる。
「えっと……じゃあ、お願いできるかな?」
「任せるです」
ドンと胸を叩くルウネにカナメは苦笑し……そこで思い出したようにエリーゼへと振り向く。
「あ、ごめん! 足止めしちゃったな」
「いえ、構いませんわ。それでは、私も着替えてまいります」
そう言ってハインツを伴い階段を上がっていくエリーゼを見送り……カナメは小さく溜息をつく。
「うーん……今日はエリーゼには本当に悪い事したよなあ」
「そんなもん、気にしたって仕方ないでしょ。カナメは考え過ぎ」
「いや、そうかもしれないけど……」
「気にしたほうが相手が気にする事もあるからね。程々が一番」
そう言って肩をすくめるアリサにカナメは「うーん」と唸って答えて。
どことなく今朝はぼーっとしているイリスへと視線を向ける。
今朝のイリスはずっと考え込むように虚空を見つめていて、しかし動作の一つ一つはキッチリしている。
一体何を考えているのかは分からないが……恐らく昨夜のヴィルデラルトとの話で思うところがあったのだろうとカナメは解釈している。
カナメ自身、アリサに昨日の話を伝えるべきか迷ってしまっている。
言えばアリサの事情を詮索して勝手に他の誰かと話したことを告げねばならないし、イリスとキスしてヴィルデラルトの場所まで連れて行った事も芋づる式に明らかになってしまう。
別に悪い事をしたわけではないが、なんとなく話し辛くはある。
しかし、もしアリサが後天的魔力放出障害のことで悩んでいて……それでディオス神殿に行ったのだとしたら、話しておいた方がいいようにも思える。
「……考え過ぎ、か」
「そ、考え過ぎ。ていうか、今も何かめんどくさい事考えてたでしょ」
「んー……めんどくさい事とは思わないけど、考えてはいた……かな」
「それがめんどくさい事考えてるっていうの」
全く、と言いながらカナメを突くアリサにそのまま突かれながら……カナメは本当にどうしたものか、と考えてしまっていた。
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