帰ってきたイリスと夜中の出来事5

 魔力放出障害。

 それは簡単に言うと「魔法を使う事が出来なくなる」異常のことだ。

 原因は色々あるが、生まれた時からそうである先天的なものと何らかの原因でそうなってしまう後天的なものがある。

 先天的である場合は元々「魔法を扱う機能」が身体に無い為、魔力は一生身体の中を巡回し続けるだけだ。

 簡単な魔法も使えなければ肉体強化の恩恵もないから疲れやすいし、体調も崩しやすい。

 魔法の品も魔力を必要とする物は使えないが、逆に言えばそれだけだ。

 魔力が使えなければ出来ない仕事というのは僅かだし、普通に生きていれば魔法などほとんど使わない人間も多い。

 

「なら、後天的の場合は……?」

「後天的魔力放出障害は、別名「狂戦士バーサーカー病」といいます。外に放出することを前提とした魔力が放出出来なくなり、本来身体を巡回するべき量を超える魔力が身体の中を駆け巡ります」


 なにしろ、身体は魔法を使う事を覚えている。魔法の使用によって魔力の生成量も上がっている。

 魔力の回復速度も上がっていて、しかし放出出来ない。

 そうなった時、身体は余剰分の魔力をどうにか放出しようと身体が知っている「強化」に魔法を回そうとする。


「外からではなく、内部からの強化……言うなれば、身体をサポートする魔法の服を纏うのではなく身体の各部分を強靭な何かに取り換える感覚でしょうか。筋力を始めとする身体能力の大幅な強化が行われるようになります」

「でも、それなら良い事なんじゃ?」

「それだけであるならば」


 そこで済むのであれば、狂戦士バーサーカー病などとは呼ばれない。

 後天的魔力障害にかかった人物の「強化」は、それだけでは済まない。身体の各所を強化して尚余る魔力はそれでも放出出来ずに、限界を超えて強化に魔力を使おうとする。

 そうしなければ危険だと身体が判断するからなのだが、そうすることで身体が危険に陥ってしまう。

 そうなった結果……身体は普段なら強化しない「脳」に魔力を回し強化しようとするようだ。

 ようだ、というのは今までの症例からそう判断するしかないからだ。


「そうなった時、初めて狂戦士バーサーカー病になった者に異常が訪れます」


 具体的には、「壊れた」としか思えないような行動をとり始める。

 ブツブツと何事かを呟くようになったり、突然怒り出したり泣き出したり、笑いだしたり……感情の起伏が激しくなる。

 あるいは、これが一番多いのだが……異常なまでに好戦的になる。そしてそうなった場合、身体能力が異常に強化された狂戦士バーサーカー病の者は抑えの効かない残虐な戦い方になる。

 狂ったように攻撃し、相手がミンチになるまで止まらないような……そんな戦い方だ。

 それを止めようとすると、味方にまで攻撃してくる恐れがあるという。

 それ故に狂戦士バーサーカーになる病気……狂戦士バーサーカー病と呼ばれているのだ。


「あ、アリサがそれだって……いうんですか? でも、アリサは」

「ええ。アリサさんは跳躍ジャンプを使えます。これは狂戦士バーサーカー病の者には有り得ない事です。ですから「可能性」と言っているんです」


 イリスから見ても、アリサは狂戦士バーサーカーには見えない。それ故に、今までその可能性など考えもしなかった。

 しかし「使わない」ではなく「使えない」と言ったというのは、どうしても気になる。

 たとえば魔法の才能がないという意味で言った可能性もあるが、それにしては跳躍ジャンプの扱い方は天才的だ。

 あれだけのイメージ力のあるアリサに、魔法の才能が無いなどとはイリスには思えない。


「なら、アリサは狂戦士バーサーカーじゃないんですよね?」

「……現時点で見るならそうでしょう。世間一般的に言う「狂戦士バーサーカー病」ではないと見るべきです、が。それとは別の後天的魔力障害の可能性はあります」

「別って」

「後天的の場合は、原因は一つではありませんから。一般的に言われているものとは別のものがあったとしても驚く事ではありませんし……私も専門家というわけでもありませんから」

「専門家って……もしかしてディオス神殿とか?」

「他の神殿よりは詳しいかもしれませんね。あとはルヴェルレヴェルの神殿も詳しいかもしれません」


 ルヴェルレヴェルと聞いて、カナメはレヴェルの事を思い出す。

 あれ以来、レヴェルとは会っていない。

 もう二度と会えないのか、それともカナメに死が近づいていないせいなのかは分からないが……レヴェルに聞いてみるという事も出来そうにはない。


「……そうだ。ヴィルデラルトなら」

「ヴィルデラルト?」


 疑問符を浮かべるイリスの反応にカナメはあれ、と驚いたような声を出す。


「聖都でのお知り合いですか?」

「え、いえ。運命の神ヴィルデラルトって……知らないですか?」

「いえ。聞いたこともありませんが……って。カナメさん、まさか神を名乗る誰かと会ったんですか?」

「ん……えっと……夢の中のような、そうではないような場所でっていうか。あ、無限回廊作ったって言ってましたけど」


 そのカナメの言葉にイリスは考え込むような顔をすると……うーん、と唸りだす。


「ヴィルデラルト……運命の神……? 夢の中……? いえ、この聖都という場所を考えると……」


 イリスはしばらく唸った後に、カナメの顎をくいっと持ち上げる。


「へ?」

「流石に会ってみないとなんとも言えません。そしてたぶんですが、これで私も同行できるはずです」

「え、これってむぐっ!?」


 カナメの唇が、イリスの唇で塞がれる。

 キスされた、と気付いたのはそうなった数瞬後。慌てて離れようとするも、イリスにガッチリと頭をホールドされて離れることが出来ない。

 じっくり数秒かけたキスの後、カナメは解放されヨロヨロとテーブルに倒れ込む。


「し、舌が入って……」

「魔力を混ぜないといけませんから。ほら、以前アリサさんがカナメさんの魔動人形ゴーレムを動かしたでしょう? 夢を媒介に神々の世界にカナメさんが行ったと仮定すると、それは恐らくカナメさんの魔力に原因があります。故にこうして」

「ていうか、理屈はともかくイリスさんはそれでいいんですか……」

「カナメさんなら構いませんが」


 恨みがましい目で見るカナメに、イリスはアッサリとそう答えて……カナメは真っ赤な顔でテーブルに突っ伏してしまう。


「……女の人はズルい。可愛ければ全てオッケーって気がする」

「光栄です。でも、私だって初めてですからね? カナメさんだから、したんです」


 イリスの告白に、カナメはもはや何も言うことは出来ず。


「ルウネともするですか?」

「しない」


 いつの間にか現れたルウネにそうとだけ答えて、再び机に突っ伏した。

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