ヴィルデラルト4

 そして、寝入った後。寝ていたはずのカナメは当然のように「あの場所」に立っている。

 声一つ、物音一つしない石造りの町の中……おそらくは、何処かの神殿か何かであると思われる場所の目の前にカナメは立っていて。


「此処は……」

「まさか、此処が神々の世界!?」

「うわっ!?」


 背後で響く大声に、カナメは驚いたように振り返り……そこに感動でいっぱいといった笑顔を浮かべているイリスと……耳を両手で塞いでいるヴィルデラルトの姿を見つける。


「あ、ヴィルデラルト……こ、こんにちは」

「はは……やあ、カナメ君。随分と元気な恋人を連れてきたものだね」


 ビックリしたよ、と言いながら笑うヴィルデラルトにカナメは「えっ」と一瞬言葉を失い……慌てて「違う違う、違います!」と叫んで否定する。


「イリスさんとはそういう関係じゃないですから!」

「え。でも此処に一緒に来てるってことは、魔力が混ざってるんだろ?」

「そ、そうですけどなんていうか……誤解ですから!」

「ふむ」


 慌てるカナメの姿をヴィルデラルトは少しの間無言で見つめると……何かを納得したように頷く。


「なるほど。まあ、青少年の事情に僕みたいな年寄りが口を出すのもどうかと思うしね。でも、程々にしとかないとアルハザールの奴みたいに日々修羅場なことに……」

「いや、だから」

「魔力が混ざるようなことをしたんだろう?」


 そこは全く否定できず、カナメは何も言えずに黙り込む。

 キスをした……正確には「された」だが、とにかくしたのは確かだし魔力も混ざった。

 これ以上強硬に否定するのはイリスに対しての失礼だが、だからといって恋人関係でもないのに「そうだ」と言ってしまうのはもっと失礼だ。

 かといって、「キスしたけど恋人じゃありません」というのは倫理的に酷すぎる。

 だからといってこの場の追及を逃れる為だけに「恋人です」と嘘をつくのはイリスに対する最悪の行為だ。

 ならば真実を語るべきだが「この場に来る為にキスしました」というのも、イリスに軽い印象を与えてはしまわないだろうか?

 そんな事をカナメが考えているうちに、じっと場を見守っていたイリスがヴィルデラルトの前に跪く。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私はレクスオールを信奉する神官騎士のイリスと申します。カナメさんより、この場にて「運命の神ヴィルデラルト」に拝謁できると伺いまして……ならば是非と私より魔力を混ぜる提案を致しました」

「うん、そう畏まらなくていいよイリス君。僕のようなマイナーな神の話なんて、地上には残っちゃいないだろう。それに、大体そんなところだろうと思っていたしね」


 からかっただけだよ、と笑うレクスオールにカナメは不満そうな視線を向ける。


「そんなところって」

「誠実ってことさ。さあ、それより今日はどうする? 魔法の練習でもしてみるかい?」

「それも気になりますけど……今日は聞きたいことがあるんです」

「うん? 昔話なら大分時間がかかってしまうよ?」

「魔力放出障害……狂戦士バーサーカー病のことです」


 カナメの口に出した単語に、ヴィルデラルトの目がすっと細められる。


「そうか。今はソレのことをそう呼ぶんだね」

「え……?」

「魔力放出障害。つまるところ、正常に魔力を放出する機能を壊して、魔法の使用能力の代わりに爆発的な肉体の強化を得る方法のことだろう?」

「は、はい」


 頷きながら、カナメは僅かな違和感を感じる。

 ヴィルデラルトの言い方だと、「障害」というよりは単純な方法のような……そう、例えて言うなら「視界を塞ぎ心眼で見る」みたいな……そんな言い方に聞こえる。


「昔話になるけどね。あの頃は……ゼルフェクトと戦っていた頃は、何もかもが足りなかった」


 神々の力をもってしても尚、破壊神ゼルフェクトは強敵であり……神々と共に戦う人々にとっては、まさに絶望そのものであった。

 単純に力の差が「神」と「人」とでは違うというのもある。しかし、それ以上に決定的だった事がある。


「カナメ君。魔力障壁マナガードのことは覚えているかい?」

「はい。今夜は、それのおかげで助かりました」

「そうかい。頼もしかっただろう?」

「はい!」

「それは敵から見れば、絶望そのものでもある。たとえばゼルフェクトがその膨大な魔力任せで張った魔力障壁マナガードは凶悪で……生半可な攻撃では突破する事は不可能だったんだ」


 確か魔力放出限界というものがあるんだったか……とカナメは思い出す。

 なるほど、破壊神ゼルフェクトも神であるならばそれはきっと高かったのだろう。

 しかし、それが魔力放出障害の話とどう関連するというのか。


「僕達神の攻撃はゼルフェクトに届いた。当然だ、伊達に神を名乗っちゃいない……しかし、人はそうはいかなかった。必殺技と呼べるクラスの攻撃を放って、ようやく貫けるような……そんな状態で、長時間持つはずもない」

 

 それは、神と人との絶望的な魔力差だ。

 多くの勇気ある者達が倒れ、それでも立ち向かい……自らの力不足を呪った。

 剣も魔法も、生半可なものでは届きはしない。

 だというのに、こちらはかすっただけでも死にかける。

 神と共に世界の敵に立ち向かいたいのに、このままでは足手まといにしかなりはしない。

 ならば、どうするか。


 ……簡単だ。人として正常な範囲にある限りどうしようもないというのであれば、そこを踏み越えればいい。

 そこにあるのが狂気でも構わない。その狂気で、世界を……大切な人を守れるというのならば。

 そう考えた当時の魔法士達は特殊な魔法薬を使い、意図的に魔力放出機能を壊し内部に留める事で異常なレベルでの肉体強化を行う術を生み出した。

 

「魔法剣を構成し魔力障壁マナガードを力尽くで破壊する為の僅かに残された「出口」と、それを使うべき場所を直感的に理解し使用する全力の戦闘思考。そして、それを思考を実現する為の身体能力。この三つのみを残した超人を、当時の人類は生み出し……多くの人々が、それになりたいと懇願し「そう」なった」


 自分はここで「終わり」でいい。

 だから……世界よ、明日に繋がって欲しい。

 あの破壊神を。

 憎むべきゼルフェクトを滅ぼし、世界に光を。

 それさえ叶うならば、他には何も望みはしない。


「……そうして、「闘神」と呼ばれる者達が生まれた」


 神ではない。

 しかし、もう人でもない。

 闘う事だけに全てを捧げ、人を捨てた。

 世界の為、未来の為……明日の為。

 

「ならばと人は……そして僕等は彼等を「神」と……闘神と呼んだ。それが、君達が今狂戦士バーサーカーと呼ぶモノの正体さ」

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