帰ってきたイリスと夜中の出来事3

レクスオール神殿も、アルハザール神殿と同じく武を尊んではいる。

しかし、レクスオール神殿は弓と狩猟の神として知られているだけあって、狩猟を主な収入源とする者達や冒険者に祈願の儀式を行う事がある。

 狩猟……つまり獲物を仕留めるということから転じて合格祈願に訪れる者が居たりもするが……それはさておき。

 そういう事情で、アルハザール神殿と比べると幾分平和な祈願や儀式を行う事が多い。

 つまり、神官騎士だけではなく儀式の勉強を神官騎士よりも重要視している神官の重要度も高いのだ。

 しかしレクスオール神殿は「いつかの戦い」の為に備える神殿でもある。

 ならばそのトップたる神官長は当然神官騎士から選ぶということになるが、儀式を軽く見るわけにもいかない……ということで、副神官長は神官から選ぶ事になっている。

 

「んー……つまり、副神官長のキャリアとしては、これで「あがり」だからイリスさんが出世の邪魔とかそういうことにはならない、っていう意味だよ……な?」

「はい。それに「副」とついてはいますが、実質的には祭祀を取り仕切るトップです。レクスオール神殿の神官長は儀式には出ますが、どちらかというと意思決定者としての役割が強いです」


 なるほど。それならば副神官長がイリスを出世という点で邪魔に思う事は無いだろう。

 そもそも目指す地点が違うし、イリスをどうにかする事で利益が出る事もない。


「あれ? でもそれなら「場合によっては」っていうのは?」

「はい。たとえば現在の神官長が気紛れを起こしてお辞めになったとすると……その際には、私も神官長になる可能性が出てきます」

「そうなんですの? でもそれにはかなり高位の神官騎士でないといけないのでは……」


 言いかけて、エリーゼは先程の回復ヒールの魔法に気付き黙り込む。

 回復ヒールは確かに神官の得意技だが、誰もが気軽に使えるというわけではない。

 詠唱を不要とするくらいの回復ヒールを使えるとなれば、イリスの神官騎士としての地位は……。


「一応、私は高位の神官騎士ですので。役職こそ受けてはいませんが、秘術も授かっています。まあ、今回はそれが少しばかり仇となりましたが……」


 秘術とは各神殿に伝わる秘密の魔法の事である。

 たとえばタフィーが使った魔法付与マジックエンチャントはディオス神殿の秘術だが、レクスオール神殿にもそれとは違うが秘術が存在するのだ。


「ちなみに大体想像はついているでしょうが、レクスオール神殿の秘術には「神に捧げる矢レクスオールアロー」と呼ばれるものがあります。まあ、似たようなものを自力で開発してしまう方もいらっしゃるので秘術と呼ぶには少しばかりアレなのですけどね」


 イリスの言葉にエリーゼがふいと顔を背ける。

 エリーゼもその「似たような魔法」を開発中の張本人である為、この話題は少しばかり居心地が悪い。

 しかし、仕方がない。天を貫き地を砕くといわれるレクスオールの矢を魔法で再現するのは、魔法士の目標の一つでもある。


「ともかく、神官長はお元気ですし今の私は一介の神官騎士に過ぎません。タカロ副神官長が私を殺したいと考える理由がありません」

「俺の味方をするイリスが邪魔だったとかは?」

「現状を見れば分かると思いますが、私の影響力など微々たるものです。そもそも、タカロ副神官長は「カナメさんの弓はレクスオールの弓の偽物である」という立場です。私を暗殺のような手段でどうにかするということは、逆説的に弓が本物であると認めていることになります」


 なるほど、暗殺が失敗すれば当然聖騎士達が動くし今も実際動いている。如何に副神官長といえど、暗殺の実行犯達が捕まって雇い主として名前が出てくれば何らかの責任をとることは免れない。

 レクスオール神殿の副神官長というこの街の権力者ではあるかもしれないが、最高権力者というわけでもない。

 暗殺に関わった者が副神官長のままでいるなど、今は街に居ない神官長も他の神殿のトップ達も許さないだろう。


「……ということは、副神官長は犯人じゃない?」

「あるいは、本物と分かっていてイリスさんの口を封じようとしたか、ですわね」

「それ、意味あるのか? 俺を狙わないと意味が無いんじゃ」

「ありますわよ? というよりも、効果的ですわ」


 それはつまり、世論の誘導だ。

 カナメとその弓を本物と主張する神官騎士のイリスが何者かに殺された。

「暗殺」という点さえ発覚しなければ、普通の殺人として聖騎士団は処理する可能性が高いだろう。

 そしてイリスが殺されたとなると、レクスオール神殿は広く遺憾の意を発表する必要がある。

 その際の文面はこうだ。


「レクスオールの神具を持つと主張する男を崇めていた神官騎士が殺された。確かに我々はその弓を偽物と断じたし、偽の神具を本物と主張する事は褒められた事ではない。しかし、それを本物と信じた神官騎士に罪があるものではない。我々はこの卑劣な犯行を強く非難する……といったところですわね」

「間接的にカナメ様を非難してるです、ね」


 そう、この発表はカナメを非難する方向に世論を向かわせるだろう。

 そいつさえいなければ神官騎士は死ななかったのに……と。それは自然にカナメの排斥の流れへと繋がっていく。

 たとえ真実がどうであれ、だ。


「……いえ、しかし」

「全ての可能性を考えるべきですわ。目的の為には、肉親すら罠に嵌める場所すらあるのですもの」


 エリーゼは、そう重々しく呟いて。

 イリスは躊躇いがちに……しかし、しっかりと頷いた。

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