帰ってきたイリスと夜中の出来事
「カナメ様!」
帰ってきたカナメがドアを開けて最初に駆け寄ってきたのは、今すぐにでも出かけられる服装のエリーゼだった。
もう帰ってきて寝ている時間だろうに待っていてくれたのかとカナメは申し訳ない気持ちになって。
「……ごめん、心配かけた」
自然と、そんな言葉が口をついて出る。そんなエリーゼはカナメの服の裾を掴むと「いいえ」と言って首を横に振る。
「謝る事など、何一つありませんわ。私には詳細は分かりませんけど、必要だと思うから行動されたのでしょう?」
「……ああ」
「なら、それでいいのですわ。さ、もうお休みに……」
そこまで言いかけて、エリーゼは初めてカナメの背後の人影に気付いたかのように目を見開く。
そこにいたのはニコニコと笑うイリスと、なんとなく目を逸らす聖騎士達。
「……何見てるんですの」
「エリーゼ、威嚇しちゃダメだよ……」
顔を真っ赤にして睨み付けるエリーゼの頭をポンと叩くと、カナメはどう説明したものかと悩んで。
「あれ……そういえばアリサとルウネは?」
「ルウネは私達とは一緒ではありませんし、アリサは話を聞くなり飛び出していきましたわ。おかげで私が留守番する羽目に……」
「ルウネなら此処にいるです」
聖騎士団をどかして入ってきたのは、そのルウネ本人だ。
眠そうな目……はいつものことだが、フル武装のルウネは見た目でメイドナイトとすぐに分かる装備であり、聖騎士達が驚いたような目を向けるが……ルウネは気にせずカナメとエリーゼの間に滑り込む。
「カナメ様が戦っているところを監視してた奴等が居たので、ちょっと追ってきたですが……逃げられたです」
「え? 監視? 俺を? あ! ていうか、ルウネあそこに居たのか!?」
「カナメ様が飛び出した時点で追いかけたです、けど。
何処に向かっているのかはルウネには分からないが、「何処に向かうのか」などという野暮な問いはしない。
少し見ていれば「壁際にある何か、もしくは何者か」を探しているのは明らかであり、となるとカナメに関係のある人物のうちの誰かが自然とリストアップされる。
それを前提とした上でカナメを追い……必要なのは「共に戦う」のではないと判断し、状況を俯瞰し的確なサポートを出来るように配置したルウネは、当然のようにカナメを監視する何者かを見つけたのだ。
「か、監視だと!? なら、そいつ等が首謀者か!」
聖騎士の二人がざわめくが、ルウネはそちらには見向きもしない。
「でも、逃げられたって……そんなに凄い奴だったのか?」
「元々深追いする気もなかったです、けど。
昼間に使えばただの阿呆だが、暗がりや夜の薄暗い場所で使えば周囲の風景に溶け込む事ができる。
息遣いや気配までは隠せないが、姿が見えない分対処が面倒になるのだ。
「そっか……まあ、ルウネが無事でよかったよ」
「当然です」
「でも、聖都でそんな騒ぎがあるなんて……」
不安そうに言うエリーゼに、聖騎士達は居心地悪そうにするが……すぐに姿勢を正し鎧をガチャリと鳴らす。
「では、私達は戻る事にしよう。再襲撃の可能性を考えれば警護をつけたいところなのだが……どちらにせよ、一度戻らねばならん」
「あ、はい。お疲れ様でした」
「では、明日に」
言い残して聖騎士達はドアを閉めて去っていき……明日、という単語にエリーゼが反応しカナメを見上げる。
「明日、って。そういう事態になるということは、カナメ様達が誰かの事件に巻き込まれたのではなく当事者、ということですわよね? ということは、イリスのその怪我は……」
「ええ、私が当事者です。どうにも暗殺されかかったようでして」
「暗殺……」
その言葉に、エリーゼは難しい顔をして黙り込んでしまう。
少しの沈黙の後に、エリーゼはイリスに歩み寄り、腕の怪我へと視線を向ける。
「その怪我、結構深いですわよ。早めに治療の必要がありますわ。再生藥は……」
「不要です。
とはいえ、集中しないと使えませんけどね……と言ってイリスは苦笑する。
暗殺されかかっている最中に使えるものではないし、使っている間はイリスといえども隙だらけになる。
こうして安全な場所で無ければ、とても使えない魔法だ。
「え、そんな魔法が!? なら早く……」
「ええ」
頷くイリスの手の平に白い光が集まりはじめ、それをイリスは塗り付けるように腕の傷をなぞっていく。
すると、その場所に光が滞留し……輝きを強め、数瞬の後に弾けて。その後には、傷一つない腕がある。
「はい、これでよし」
「何度か見たことはありますけど、流石に無詠唱は初めてですわ」
「集中力の要る魔法ですからね。詠唱した方がある程度は楽なんですよ」
言いながら、イリスは腕に不具合がないことを確かめるかのように何度か動かす。
「……けど。あの襲撃。一体何が目的だったのか……」
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