帰ってこないイリスと夜中の出来事4

「……ふむ」


 騒がしくなる眼下の光景を見ながら、マント姿の男はそう呟いた。

 目深に被ったフードの下には顔のほとんどを覆う仮面があり……声色から男であろうと判断するしかない。

 無表情。無個性。その白い仮面を表現するなら、丁度そんな感じだろうか。

 白い円状の板に四角い穴を二つ開けただけのようなその仮面は、何の工夫もないだけに逆に男の不気味さを際立たせる。

 男の視線の先にあるのは、カナメ。聖騎士達に詰め寄られるカナメと……その手にある黄金の弓を見つめながら、男は小さく呟く。


「本物、か……? いや、魔法装具マギノギアは奥深い。伝説の神具を思わせるものがあったとしても不思議ではない。判ずるには、まだ早い」


 男の胸をざわめかせるものが、「本物かもしれない」という感情からくるものか……それともあの弓が本物であるせいなのかは分からない。

 もっと近づけば判別できるかもしれないが、今それをするのは拙い。

 そもそも、神具が心をざわつかせるというのが真実であるかどうかは男も伝聞でしか知らないのだ。

 クラートテルランとて、もしあの弓が本物であり心をざわつかせたのなら……もっと慎重に動いたはずだ。

 だとすると、やはり偽物か……それとも本物でも反応する者と反応しない者がいるのか。


「お前達は、どう考える」


 男の背後には、やはり数人の何者かの姿。

 跪き忠誠を誓うかのようにするそれらのうち、一人が最初に口を開く。


「殺してしまえばどうであろうと同じかと」

「私は、この場に間に合ったのが気になります」

「確かに。如何にしてこの場を突き止めたのか」

「私にお任せを。真実を突き止めた上で消してご覧にいれましょう」


 口々に言う彼等に振り返らぬまま手を振って黙らせると、男は「手出し無用」と答える。


「アレが本物であるならば、お前達の疑問は説明がつく。忌まわしき無限回廊があるからな」

「無限回廊……!」

「ならば、やはり今のうちに消さねば我等の……!」

「落ち着け。今は監視を強めておけばいい。むしろ我等は可能な限り表に出ないべきだ。下手に動けば悟られるだろう……今の段階で我らの存在が露見するのは避けねばならぬ」


 今回は恩を売る為に少しばかり手を貸したが、今後はそれも控えるべきだろうと男は考える。

 もしあの男が本物であるならば……派手に動いた時点で男に、いや……「無限回廊」に勘付かれる。

 未来を読み伝える、あの神々の遺産に。そしてそれは、計画の崩壊をも意味している。


「……どちらにせよ、そうだな。アレは本物であると考え行動しよう。そうなれば、幾らでもやりようはある」

 

 言い残して、男達は屋根の上から消えて。

 地上では、カナメが聖騎士達と言い争っていた。


「だーかーら! イリスさんが襲われて! 俺は助太刀にきただけなんだってば!」

「しかしなあ。流れる棒切れ亭は此処から随分離れているぞ。そんな場所から襲われているのを知ったと言われてもな」

「ああ。寝間着姿なのを見れば、慌てていたのだろうことは分かる。そんな出で立ちで襲撃犯だとも思わん。が、その弓は……」


 聖騎士達も、レクスオール神殿から「黄金の弓を持った怪しい男」の話は聞いている。神を騙る詐欺師の可能性を語られてしまえば、彼等としても黄金の弓を持つカナメを見る視線が自然と懐疑的になってしまうのは仕方のない事だ。

 街中でもフル武装で歩く事の多いレクスオール神殿の神官騎士が素手で歩いているというのも、「本当に本物か」という疑問に繋がったのも無理はない。


「……彼の身柄はヴェラール神殿の神官長が保証します。私達に理由のない嫌疑を向けている暇があるのであれば、今回の件の調査をされては如何ですか? そもそもこの場所に巡回もなく人払いもされていた件……聖騎士の中に犯人の手引きをした者がいる事を疑ってくれと言わんばかりですが」

「む……その件については調査する。此処にいるべき住民達が何処に行っているのかも含めて調査し、怪しい人物については重要参考人として捕縛する」


 恐らくはこの中で一番地位が高いのであろう聖騎士はそう言うと、軽く咳払いをする。


「……その上で聞いておかねばならんのだ。レクスオール神殿からは「黄金の弓を持った怪しい人物」についての情報が回ってきている。君の持っている弓は黄金の弓そのものに見えるのだが……」

「たぶん同一人物です。でも俺は何も恥ずべきことはしていません」


 堂々とそう宣言するカナメに聖騎士は低い声で悩むように唸ると、ふうと息を吐く。


「そうか。余計な世話とは思うが、それをあまり持ち歩くのはおススメできないな。神具の偽物騒動については定期的にあってな。誰もが神経質になっているのだよ」

「ええ。俺もあまり掻き乱すのは本意じゃないですが……非常時でしたから」

「それについては理解する。まさか聖都で爆発騒ぎ、どころか暗殺未遂とはな……我等はとんだ恥さらしだ」


 言いながら首を左右に振ると、聖騎士は何人かの聖騎士に「おい」と声をかけて呼び寄せる。


「とにかく、今日は部下に宿まで送らせよう。明日また聴取に行くから、予定は開けておいてほしい」

「え」

「都合があるのは分かる。しかしこれは聖都と聖国の信用と安全を揺るがす異常事態なのだ。必要とあらば「命令」という形にしてもいい。言い訳にもなるだろう……とにかく昼には行くから頼むぞ」


 はあ、とカナメは呟いて。

 エリーゼに謝らなきゃいけないな……と。そんな事を考えていた。

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