帰ってこないイリスと夜中の出来事3
「カ、カナメさん……?」
「……見えたんだ」
どうして此処に。イリスの心に浮かんだそんな疑問が分かったかのように、カナメは呟く。
「あの場所で、イリスさんが見えた。だから、跳んできた」
そう、見えたのは町の外壁と……爆発の中に消えるイリスの姿。
壁の見える場所。つまり、街の端。
周囲の音は、ほとんどしなかった。つまり、騒がしい場所は除外。
月も見えてはいたが、そこから場所を推測する技術などカナメにはない。
だから、街の端をとにかく
喧騒で騒がしい場所を可能性から排除し、少しでも似ている光景を求めて。
「間に合った……」
その言葉は、二度目。よく見てみれば、カナメは靴こそ履いているが寝間着のままで。
しかも、ナイフ一本すら帯びてはいない。
どれだけ急いできたのか、どれだけ慌てていたのか。
その姿を見れば一目瞭然で……イリスはこんな状況にも関わらず思わずクスッと笑ってしまう。
「てめえ……おかしな恰好しやがって、イカレか?」
「……うるさいな。カッコつける暇があるんなら、俺だってそうしてたさ」
背後から聞こえてくる言葉に、カナメはゆっくりと立ち上がり振り返る。
その眼前には、カナメを囲むように覆面集団が立っていて。
しかし、カナメはそれに怯みもしない。
「でも、いつだって時間は無かった。だから、すぐ動いたんだ」
「ああ?」
「俺がカッコ悪いくらいで何かが良くなるんなら、それでいい」
「ワケ分かんねえよ」
剣を構える男は、しかしそこで何かに気付いたかのようにカナメを見て目を丸くし……しかし、すぐにその目を細める。
「チッ……まあ、いいか。どうにでもなるだろ」
そう呟くと、剣を構え地面を蹴って。そのチンピラじみた態度からは想像もつかない踏み込み速度でカナメへと迫り剣を振るう。
上から下へ。たとえ死なずとも怯ませ戦意を奪うその一撃は、腕一本犠牲にしたところでどうにかなるものではない。
むしろ腕が一本使い物にならなくなるだけ損であり……故に、反応して腕をガードするように突き出したカナメに男は哂って。
「なっ」
「……やっぱり。俺がそういうものだと意識すれば、多少だけど操作できるんだ」
何かを確信したような表情で傷一つなく剣を受け止めるカナメの姿に男は絶句する。
男の持つ剣は、
その中でもそれなりに高価なのは間違いないものであり……少なくとも、防具も着けていない腕で防げるようなものではない。
だというのに、これは何なのか。
「てめえ、何か魔法の品を仕込んでやがるのか……!?」
「さあね……っ!」
警戒して距離をとった男の眼前で、カナメはすうっと息を吸う。
伸ばした手の先に集まる魔力に「魔法」かと警戒し、男は魔法を使えと仲間へ叫んで。
慌てて放たれた
「私の
「てめっ……クソ女……っ!」
「弓よ……来い!」
悪態をつく男の眼前で、カナメが叫ぶ。
集まる魔力は、カナメの手の中で弧を描く黄金の光となって収束する。
歪に欠けた月。荘厳に輝く、黄金弓。
神話の時代を彩った、神々の武器の一つ。
レクスオールの弓が、カナメの手の中に顕現する。
「金の弓……! くそう、やっぱりテメエがそうなんだな!」
「やっぱり……?」
「うるせえ、死ね!」
放られた
だって、それは。もう無限回廊で見ている。
「
放たれた矢は暴風を巻き起こし、投げられた「だけ」の
そうして
「な、な……な……」
「おい、やべえんじゃねえか……」
「どう考えても割に合わねえよ。それにあれ……」
絶句する男の背後で囁き合う覆面集団は、コソコソと……しかし我先に踵を返して逃げていき、その様子に気付いた男もチクショウ、と毒づいて逃げていく。
「おい、待て……っ!」
「カナメさん、追わなくていいです」
追おうとしたカナメを引き留めたイリスに、カナメは振り返り悔しそうな顔をする。
一人でも捕まえていれば全員捕まえられたかもしれないのに、どうして止めるのか。
「アレは所詮捨て駒でしょう。それより、最初に私を襲った奴があの中にはいませんでした。まだ何処かに居ないとも限りません」
「あ、ああ。でもそれなら、此処を離れた方が」
「いえ。先程のカナメさんのアレのおかげで、たぶん……」
そんなイリスの呟きを打ち消すように、あちこちから馬の蹄の音が聞こえ始める。
それは段々と近づいてきて……ランタンの明りと共に、豪奢な鎧をつけた騎士達が馬に乗って走ってくるのが見えた。
「ほら、聖騎士団が来ました。人払いしたくらいです、もうこれで襲ってはこないでしょう」
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