帰ってこないイリスと夜中の出来事2
「く、う……っ」
腕の傷から血を流し、イリスは走る。
油断していた。現在の状況を表すなら、その一言に尽きる。
他の神殿を回る都合上、
イリスの身分を証明するのはレクスオール神殿の神官騎士であることを表す、深緑の神官服だけ。
しかし、この聖都においてはそれで充分で。他の都市と比べても巡回の目もある中で、犯罪行為に走る者など……しかもレクスオール神殿の神官騎士を襲おうという者などいるはずがない。
そんな常識が、イリスの油断を招いた。
通り過ぎると見せかけ、流れるような短剣での一撃。
イリスが僅かな違和感に気付き反応していなければ、背中から心臓を貫かれていたかもしれない……そんな手慣れた攻撃。
物盗りにしては過激に過ぎ、レクスオール神殿を恨んでいる類の連中にしては熟練に過ぎる。
しかし、そのどちらでもないとも言い切れない。
盗賊行為への厳罰化はバレないように殺して口封じをしてから奪う凶悪犯の登場を招いたし、レクスオール神殿に何かの悪事を見咎められ罰せられた事を恨んだ連中が禁呪の類を携えてきた例もある。
どちらにせよ、マントのフードを目深に被ったあの姿……しかも一瞬見ただけの相手の顔など分かるはずもない。
なにしろイリスを仕留め損ねたと知るや即座に退き、代わりに出てきたのは如何にも暗殺者といった風体の覆面集団だ。
路上でいきなり風の魔法を放ってくる辺り、本気で殺そうという気が伝わってくる。
伝わってくる、のだが。
「おかしい……! 先程から聖騎士と……いえ、人とすれ違わない! この地区はカナン神殿にも近い……こんな……っ!」
行く手に別の暗殺者が現れ、イリスに向けて風の魔法を放つ。
音の少ない
ない、のだが。誰も出てくる様子が無い。まるで誰も居ないかのように。あるいは、深い眠りに落ちてしまったかのように。
カナン神殿周辺は聖都の中でも辺鄙な場所に位置してはいるが、しっかりと巡回の範囲内ではあるし人も住んでいる区域だ。
巡回も他と変わらずしているというのに、これは。
「……!」
現れた暗殺者に蹴りを入れ、弾き飛ばす。しかしすぐに別の暗殺者がフォローに現れ、イリスは方向転換を余儀なくされる。
……だが、それで完全に理解する。
どうやら、一定の区間に関しては完全に遮断が済んでいる。どうやってかまでは分からないが、それは間違いない。
その範囲内に居る限り、恐らく聖騎士もやってこない。流石に夜明けまで逃げ続ければ暗殺者達も引くだろうが、それまで体力が持つかどうか。
故に、とれる選択肢は二つ。
このまま逃げ回り、時間切れを待つか…暗殺者を倒し、強行突破するか。
無論どちらも、簡単にはいかない。
怪我をしたこの身体では、本気では戦えない。どういう来歴の者達かは知らないが、暗殺者の一人一人の技量はバラバラだ。明らかに弱い者もいれば、熟練クラスの者もいる。
統一されているのは服装と武器くらいのもので……それも特徴は無いが何らかの魔法のかかった服や武器であるのは間違いない。
となると、素手の今では打ち合った時に更に傷を負う可能性もある。
そうなった時、倒しても突破できる余力が……あとどれだけ伏兵がいるかも分からない相手に出来るかどうか。
「……やってみるしか、ありませんね」
左腕は、無茶はできない。けれど、右腕は動く。それならば充分。
「
イリスの身体を、魔力が包む。それはエルが使った
「神官騎士イリス……参ります!」
そのまま、前へと向けてイリスは跳ぶ。
前面には、突破させまいと集まる五人程の暗殺者達。
三人は短剣、二人は短杖。
恐らくは短剣を牽制に魔法を叩き込もうというつもりなのだろうが、そうはいかない。
速度を弱めないまま……むしろ上げてイリスは突っ込んでいく。
「……っ!」
放たれる
如何に風の速さといえど、今のイリスに正面から放って当たるモノなどほとんどない。
当てたければ、避けようのない攻撃か……同等の技量での近接攻撃。
だが、近接攻撃を許すつもりは無い。
「
暗殺者達を周囲の壁ごと、イリスの展開した
どういう原理で人払いをしているかまでは分からないが、出来ていると分かっていればイリスに躊躇う道理はない。
本来ならば糾弾されるべき市街破壊も、治安が維持されていないこの状況では緊急避難だ。
「ぐう、くそ……っ! 何が素手の女一人だ! 化け物じゃねえか!」
「……その声、どこかで……?」
イリスの僅かな疑問は……しかし、男が投げた何かに気付くのを一瞬遅らせてしまう。
何か文様が刻まれた円盤状の金属盤。あれは、確か。
「しまっ……」
小規模から中規模の爆発を起こすソレは、投げるだけで効果を発揮する。
ドズン……と。鈍くも大きな爆発音が響いて。
「ヘッ、最初からコレ使ってりゃよかったぜ」
粉塵の中で勝ち誇る男。投げた先に出来た爆心地には、肉片一つ残ってはいない。
何故なら。
「間に合った……!」
文字通り、飛び込むような
制御しきれずに石畳に踏ん張ってできた盛大な靴によるブレーキ痕の如き跡を残し、そのままイリスを押し倒すようにして倒れこむ……そんな、カナメの姿があったからだ。
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