夜の街を歩く
夜になってもイリスは帰ってこなくて。カナメとエルは、もう少し待ってみるという女性陣を置いて二人で風呂屋へと行くことになった。
夜になっても店の明かりで照らされた道は明るく、しかしもう少し時間がたって店も閉まり始めれば、ランタンを持って歩く必要も出てくるだろう。
月明りだけを頼りに歩くには、街中は少しばかり薄暗い。
「で、なんだけどよ」
「なんだよ?」
グチをずっと聞かされていたカナメは多少ウンザリとしながらも聞き返すが、エルはそこでニヤリと笑い「お前の話だけどさ」と切り出す。
「俺の?」
「おう。ぶっちゃけ誰狙いなんだ?」
「だ、誰狙いって。お前またそんなこと!」
「そんなことでもねーだろ。エリーゼちゃんは明らかにお前に気があるし、でもお前、アリサちゃんの事めっちゃ気にしてるだろ?」
そんなことない、とは言えずにカナメは黙り込む。
エリーゼが好いてくれているのは事実だし、アリサを目標にしているのも頼っているのも事実だ。
しかしまあ、カナメが「誰が好きか」という話になると非常に困ったことになる。
友人的な意味で「皆好き」と言ってしまっていいならそうするのだが、堂々とそう言って煙に巻ける程カナメは鈍感でも豪胆でもない。
しかし恋愛的な意味で「好きなのは誰か」というのは……即答するのは難しいし、じっくり考えて答えが出てくるかも怪しい。
なにしろカナメは身分不詳だし、自分で稼げるかもまだ怪しい初心者の冒険者だ。
そんなカナメが「自分はこの人が好きだ!」と言ったところで将来的な責任どころか現時点での甲斐性すら怪しい。
故に、考えるにしてももう少し落ち着いてから……と後回しにしてしまう傾向がある。
それもまた一つの無責任であることも分かってはいるが、後先を何も考えずに答えを出してしまう事こそが最大の無責任であることを分かってしまっている。
だからこそ、カナメは何も答えを出せていない。
「……正直に言って、分からないよ。俺はまだ、そういう事考えていられるほど立派な人間じゃないし」
「恋愛に立派もクソもねえと思うけど……まあ、分からんでもねえかな」
「そうなのか? エルならもっと何か言ってくると思ってたけど」
カナメが意外そうな声をあげると、エルはカナメの肩を軽く小突く。
「あのなー。恋愛事情で壊れたパーティなんか幾らでも見てきたっての。お前の心が決まってるんならアドバイスの一つでもしとこうかと思ったけど、その様子じゃ下手に突かねえほうがいいな」
「恋愛事情で壊れるって……そんなのあるのか?」
「おう、たくさんあるぜ?」
たとえばよくあるパターンだと、結婚を考え冒険者を辞めてしまう。
今まで貯めた資金で何処かの街に腰を落ち着け、堅実な商売に鞍替えする。
そうして抜ける二人に限ってパーティの中核であったりして、自然とパーティが瓦解してしまうのだ。
他には、バカップルっぷりを発揮する二人に他のメンバーが嫌気が差して抜けてしまったり、「余ってしまった」メンバーが抜けた後に雰囲気に入っていけず新しいメンバーが見つからない……ということもある。
一人の人間を巡ってパーティメンバー同士でちょっと笑えないレベルの牽制をしあうという事例もある。
場合によっては殺し合いにまで発展するともいうから、冒険者同士の恋愛事情の怖さが窺えるというものだ。
「うえ……」
「お前のとこなら大丈夫とは思うけどよ、女の子は何が原因で変わるか分かんねえしなあ。心が決まるまでは下手な事しないのは……まあ、ちょい消極的だけど正しいぜ」
何しろ普段は命を預ける仲間だしな、とエルは付け加える。
その台詞の裏にあるのが何か怖くて聞けないが……まあ、そういう事例もあるということなのだろうとカナメは納得する。
「じゃあエルも女の子ばっかりのパーティなんて止めたほうがいいんじゃないのか?」
「馬鹿言うなよ。俺は夢を諦めねえぞ」
「台詞だけならカッコよさげなのになあ……」
その内容が「性格のいい可愛い女の子だらけのパーティを作る」なのだから、どうしようもない。
溜息をつきながら歩くカナメをエルは肘でつつき、睨み付ける。
「言っとくけどよ、お前にだけは言われる筋合いねえからな」
「なんでだよ」
「自分のパーティメンバーを見返してから言えよ、お前」
アリサ、エリーゼ、イリス……これからはルウネもだろうか。
ハインツを加えても、男二人に女の子四人。ハーレムパーティと言われても仕方のない構成だ。
「……うぐっ」
「意識してねえってのが凄ぇけどよ。まあ、男だらけのパーティよりは心象いいだろ」
「そうか? なんか軟弱とか思われそうだけど」
「いかにもチャラチャラしてんなら、な」
たとえば、如何にも顔だけの男が戦えそうにもない女の子達を引き連れていればそうなるだろう。
しかしカナメの場合、余程のアホで無ければベテランと分かるアリサにレクスオール神殿の神官騎士のイリス、そして資金力に余裕のありそうな執事付きの魔法士だ。
カナメ自身の戦闘力はさておいて、実にバランスのいい構成に見える。
「アリサとイリスさんはともかく……資金力って」
「魔法士は金が力に直結する。常識だぜ」
「嫌な常識だなあ……」
そんな話をしながら、二人は風呂屋へと向かっていった。
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