帰ってきたアリサ

「ただいまー」


 エリーゼの本気が満ちる空間を破るようにドアを開けて帰ってきたのは、赤髪の少女……アリサであった。


「おうアリサちゃん、お帰りー」

「居たんだ。ダンジョン今日閉鎖だって? ナンパするチャンスだったろうに」

「それがよー。皆俺をダシにして魔法士の子と知り合おうとするんだよ。やってらんねーよ」

「あー。そりゃ二、三日は無理かもね」


 早速エルと談笑を始めたアリサに、カナメも慌てたように近づいていく。


「おかえり、アリサ」

「うん、ただいま。どしたん?」

「え? いや、えーと……今日は何してたのかなって」

「こいつさー、アリサちゃんをディオス神殿で見かけたかもって言ったらめっちゃ気にしてんの!」


 寄ってきたエルが肩を組んでくるが、余計なことを言うなとカナメは肘打ちする。

 そんな二人の様子にアリサは肩をすくめて、腰の後ろから一本の短杖を取り出す。

 銀色の金属製で、先端には拳大の青色の魔法石がついているのが分かる。

 

「それって……杖か?」

「短杖だね。私の新しい奥の手ってとこかな?」

「つーことは、魔法の杖マジックガンドか。奮発したなあ」

「まあね」


 この魔法の杖マジックガンドというものは、以前アリサが持っていた氷撃の杖アスルガンドと同じ仕組みのものを指すが、魔法の品の中でも特殊で、魔力を込めることで設定された一つの魔法を吐き出す杖のことだ。

 中に入っている効果は様々だが基本的にダンジョンから見つかる品であり、それなりに深い層から見つかる品ということで希少価値があるのだが……仲間に魔法士が居れば必要ないし、使える魔法の入った杖は魔力もかなり喰う為、色々と使い勝手が悪いとされている。

 まあ、それでも浪漫ということで持つ者もいるし、基本的に貴重なので値段は高いのだが……。


「流石聖国のディオス神殿だね。いいものが転がってたよ」

「どんな魔法が入ってるんですの?」


 エルを押しのけてカナメの隣に来たエリーゼが……というのも、反対側にはすでにルウネが隙間なく立っていたからだが……とにかくエリーゼが、アリサの手の中の短杖に視線を向ける。


「んー、なんか古代の吹雪の魔法。凍雪の杖スフェイルガンドって名前らしいよ」

「へえ……売り出してるということは、魔法の解析が済んだのかしら。楽しみですわね」

「さあね。ともかく、そういう用事。納得した?」

「え? あ、ああ」


 サッと短杖を腰の後ろに差し直すアリサに、カナメはそう言って頷く。

 なんとなく気にはなるが、それは恐らくカナメの考えすぎなのだろう。

 そうカナメは自分を納得させて。


「あ、そういえばイリスさんもまだ帰ってきてないよな」

「あー。街中走り回ってるの見たよ。たぶん今回の件であっちこっちと連絡取りあってるんだろうね」

「そっか……イリスさんにも何かお礼しないとなあ」

「にも?」


 アリサはそこで疑問符を浮かべ……チラリとエリーゼに視線を向けると、何かを納得したように頷く。


「あー、うん。大体分かった」

「な、何の話ですのっ!?」

「いや、わざわざ部屋でサイズ測りなおしてたら分かるって。出来たんでしょ?」

「う、あ、え、まあ……」


 全てを理解した顔で頷いているアリサにエリーゼはどこか所在無げにしてモジモジし、カナメはどうするのが正解か分からずに黙っている。

 勿論、こういう場合は「何もしない」のが正解なのでカナメの対応で正しいのだが、カナメにその辺りを理解しろというのは少しばかり酷であるだろう。


「さあてっと……ダルキンさん、水ちょーだい水」

「いい茶葉がありますよ? 水出しでも美味しく頂けるのですが」

「払いが銅貨で済むなら飲む」

「そうですか」


 アッサリと引っ込めたところを見るとどうやら銀貨以上の払いが必要な茶葉であったらしいが……そのあたりのやりとりは流石だと思いながらカナメは椅子に座る。

 今のやり取りの場合、カナメは「どんな茶葉か」に気がいって値段は後の方になってしまいそうだ。


「あら?」


 そんな事を考えているカナメの隣に座ったエリーゼが、ふと気づいたようにカナメに顔を近づける。


「なんだか、カナメ様から微かに甘い香りがするような……」

「へ?」

「良い香りですけど、なにかしら……何処となく美味しそうな……」


 何処から香りがするのかと、エリーゼは顔を僅かに動かして……やがて、視線を逸らすカナメをじっと見つめる。


「……カナメ様?」

「あー。えーっと……ルウネとちょっと、パンケーキ食べてきたから……その時のかも」

「私とも、行きましょうね?」

「あ、ああ」


 エリーゼに詰め寄られて、軽い冷や汗を流しながらもカナメは頷く。

 そんなにパンケーキが好きだったのか……などと平和な誤解が出来ていれば楽であったかもしれないが、そうではないことくらいはカナメは気づいてしまう。

 しかし、別にデートしていたわけでもなく単に一緒にパンケーキを食べただけなのに、このプレッシャーは何なのか。

 少しばかり理不尽には思うものの、表立って責められているわけでもない以上カナメの勝手な心象でありエリーゼを明日連れていけばいいだけの話。

 あとは自分の器の問題だと、カナメは冷や汗を流れるままにダルキンの運んできた水を口に含んだ。

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