帰ってきて最初に

「ただいまー」

「お帰りなさいませ、カナメ様」


 流れる棒切れ亭のドアを開けると、エリーゼがそう言ってカナメを出迎える。


「え、あ、あれ? エリーゼ、どうして」

「ふふ、タイミングですか? ハインが気づいて教えてくれましたの」


 確か窓からも誰も見ていなかったはずだが、一体どうやって気づいたのか。

 気配でも読んでいたのか、はたまた別の何かか。

 考えるだけ無駄な気がして、カナメは「そ、そっか」と相槌を打つ。

 そのハインツは部屋の隅に立っていて、相変わらず探さないと見つからない。


「無事に買い物も出来たようで、安心しましたわ」

「はは……子供じゃないんだから。それに、ルウネもついてくれてたし」


 カナメがそう言うと、エリーゼは頬に手を当てて首を軽く傾けてみせる。


「まあ、そうなのですけど……レクスオール神殿の動きもありましたし、心配でしたわ」

「あ、うん……心配してくれた、ってことだよな。ありがとう」

「心配するだけでカナメ様の無事が約束されるなら、いくらでも心配しますわ?」


 微笑むエリーゼに、カナメもつられるように笑って。

 その斜め後ろに立っているルウネはそのままだが、エルはやってられるかと呟きながらカウンターへと歩いていく。


「あ、それでさ。エリーゼ」

「はい、なんでしょう?」

「えーと……エリーゼに普段お世話になってるお礼したいなって思うんだけど……何か希望とかないかな?」

「え?」


 カナメの問いかけに、エリーゼは驚いたような表情を浮かべ……少し悩むような表情を見せる。


「お礼、ですか?」

「ああ。ほら、エリーゼには会った時からお世話になりっぱなしだし……今の足止めされてる状況って、一番いいタイミングかなって」


 じっとカナメを見るエリーゼに、カナメは何か言い方を間違えたかと焦りながらも言葉を続ける。


「いや、何かお礼しなきゃとはずっと考えてたんだけど、いざお礼するとなると何がいいか分からなくて」


 カナメの言葉に、エリーゼは無言でカナメをじっと見上げたままで。その様子に、カナメは「あー……」と言いながら次に言うべき言葉を探して。


「……なんでもよろしいんですの?」

「あ、ああ。俺に出来ることなら」


 首を傾げ問うエリーゼに、カナメはそう答える。

 そこで「勿論」と答えなかったのはマイナスかもしれないとは思いつつも、実際「なんでも」とはいかないので仕方がない。

 そんなカナメに、エリーゼは「うーん……」と悩むような様子を見せた後に、パッと笑顔を浮かべる。


「では、私と二人でお出かけしましょう?」

「お、お出かけ?」

「はい。私とカナメ様の二人で。今まで、私とカナメ様が二人でいる時って、何かしらの切羽詰まった時だけですもの」

「うっ、それは……なんというか申し訳ないというか」


 最初は、アリサを助ける為に森の中へと行った時。

 宿から飛び出したカナメをエリーゼが追いかけてきて、クラートテルランと戦ったこともあった。

 改めて考えてみれば、エリーゼには面倒をかけ続けている。


「ですから、たまには何の心配もなく二人でお出かけしたいんですの」

「あ、ああ。それでいいなら」

「ふふ、では決まりですわね」


 エリーゼは楽しそうに笑って、いつにしましょうか……とカナメに問いかけてくる。

 その姿に、ルウネの言った通りだったなと思いながらもカナメは「うーん」と唸る。


「今日、でもいいけど……そんないきなりじゃアレだよな。明日か明後日っていうのはどうかな?」

「私は今日でも構いませんけど、それではカナメ様もお疲れですわよね。明日にしません?」

「あ、じゃあ明日で」

「ええ。朝からお出かけしましょう? 何処と言わず、色んなところを見て回りたいですわ」

「ああ。それなら任せろ……とは言わないけど、頑張るよ」

「楽しみにしておりますわ」


 本当に楽しそうに微笑むエリーゼに、カナメは言ってみてよかったと安堵する。

 女の子が本当はどんなものを喜ぶのかなんて男のカナメには分からないし、エリーゼのような「良いもの」に慣れた相手であれば尚更だ。

 それは明日の「お出かけ」でも同じことだろうが、そこはカナメの頑張り次第なのは間違いない。


「ハイン、分かってますわね?」

「ええ。そう仰られる頃と思い、可能な限り目立たない服をご用意しております」

「よろしい。流石ですわね、ハイン」

「生地さえ手に入れば、後は作るだけでございますので。この街の服飾の傾向を掴むのに時間がかかりましたことはお詫びいたします」


 そう、エリーゼとて無為に時間を過ごしていたわけではない。

 ハインツに命じ、エリーゼが目立たないようにする為の服を研究し、作らせていたのだ。

 単純に地味な服であればいいというわけではなく、その街ごとに「居ても別におかしくない」風に仕上げなければならない。

 それには街ごとの服飾の傾向、流行の流れを見極める必要があるのだが……そこはバトラーナイトのハインツにとってみれば楽ではないが難しい仕事でもない。


「え、えーと……」

「淑女ですもの。いつでも準備はしておりますわ?」

「そ、そうだよな」


 そうか、ルウネはこれを知っていたのだとカナメは今更ながらに気付く。

 何処にいるかわからないハインツであろうとメイドナイトのルウネであればその行動を掴むことだって可能だろう。


「……本気の女の子はこえーな」

「なあに、あの程度。まだまだ初級にも届きませんよ」


 遠くでエルとダルキンがそんな話をしているのが、果たしてカナメに聞こえていたかどうか。

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