意外と

「意外と反応薄いな」


 カナメの反応に、エルは少しだけ意外そうに肩をすくめる。

 もう少し大きな反応をするかと思っていたのだが、そうではなかったので意外なのだろう。


「え、いや……ディオス神殿ってあれだろ? 魔法の神様のだろ。別にアリサだって冒険者なんだから意外じゃないだろ」

「そりゃそうだけどよ。何してたか気にならねえの?」

「いや、別に。アリサの自由だろ」


 そう言って、カナメは呆れたように溜息をついて。

 少しの沈黙の後に、隣のルウネへと視線を向ける。


「……あのさ。ディオス神殿も冒険者向けに依頼だしてたりとか、巡礼用とか……そういう場所ってことでいいんだよな?」

「はいです」

「んだよ、やっぱ気になるんじゃねえか」

「う、うるさいな! ちょっとどんな場所か気になっただけだよ!」


 エルとカナメが小突きあっていると、ルウネは「ですが」と続ける。


「ディオス神殿は、魔力や魔法に関する相談を請け負う場所でもある、です」

「え?」


 その言葉をカナメは聞き逃せず、エルを押しのけてルウネへと振り向く。


「それって、どういう……」

「魔法は分からない事の宝庫、です。ディオス神殿ではそういう知識を収集し、研究して。より良い魔法の為に、色々な悩みや相談を受け付けてる、です」


 勿論お布施が必要ですが、と言うルウネにカナメは黙り込む。

 

「あとは、魔法の品を売ってたりもするですね。品質が確かだから、人気です」


 アリサがディオス神殿に行っていたとしたら、カナメには心当たりが幾つかある。

 一つは、短杖。カナメとアリサが初めて会った日……あの日にアリサは、短杖を壊してしまっている。

 その代わりを探しに行ったと考えれば、納得はいく。

 ……だが、もしそうではなかったら。

 何か深刻な悩みを抱えていて、その解決に行ったのだとしたら。


「……まあ、俺達がどうこういう事じゃあない、よな」

「まあな」

「です」


 頷くエルとルウネに、カナメは小さく息を吐く。


「たぶん、アリサも言うべきことだと思ったら教えてくれるだろ。行こっか、ルウネ」

「はい」


 言いながら歩き出すカナメの後を追うようにエルも着いてきて、「なあ」と声をかける。


「お前もディオス神殿に行ってみりゃいいんじゃねえの?」

「え?」

「要はどんな場所かイマイチ掴めないから、そうモヤモヤすんだろ。なら行ってみりゃいいじゃん。レクスオール神殿行こうってんじゃねえんだしよ」

「ん、それは……」

「やめたほうがいい、です」


 悩むカナメを止めるのは、ルウネの小さな声。


「街中ならともかく、神殿にどういう風に伝達されてるか不明、です。どういう風に対応しようとしてるかも分からないうちは、行くのはおススメしないです」

「……そうだよな」


 行って追い出されたのでは、折角黄金弓を持ってきていないのも意味がないし、ルウネまで目をつけられてしまう。


「そんなもんか? まあ、それなら行かねえほうがいいかもな」

「ああ。俺の興味優先で全部ブチ壊しにしたら、今までの努力が無駄になるし」

「エリーゼちゃんもずっとこもりきりでストレス溜まってそうだもんなあ」

「うぐっ」


 たった二日程度ではあるが、エリーゼは流れる棒切れ亭にこもりきりだ。

 ハインツがついている以上ストレス緩和については心配ないだろうが……それもこれも「カナメのせい」と言われてしまえばカナメには反論のしようもない。


「なにかエリーゼにもお詫びっていうわけじゃないけど、普段のお礼はしたいんだよなあ……」


 しかしいざ「何かしよう」としても、びっくりするほどにどうすればいいか思いつかないのだ。

 たとえばアクセサリーを買うにしても、王族のエリーゼはすでにセンスの良い高級品を持っている。

 おそらくは魔法の品としても一級品であろうそれは、カナメのセンスでは選べないであろうデザイン性を持っている。

 そこにカナメのセンスで僅かな時間悩んだ程度のものを送っても……ひょっとしたらエリーゼは表面上は喜んでくれるかもしれないが、逆にその事でエリーゼに気を使わせてしまうかもしれない。


 ならば食事と考えても、王族のエリーゼを満足させる店をカナメが知るはずもない。多少の料理の心得はあるにはあるが、だからといってカナメが王宮料理を超えるようなものを作れるはずもない。

 となると、やはりエリーゼに気を使わせてしまうことになるだろう。

 それでは「お礼」にも「お詫び」にもなるはずがない。


「うーん……」

「本人に聞いてみればいい、です」

「え。でもそれって、失礼じゃないか? そういうのを察するのが礼儀ってやつなんじゃ」


 何処かでそんな風な事を聞いたような、と言うカナメにルウネは小さくふっと笑う。


「時と場合と相手によるです。あの人は多分、聞いたほうが間違いない、です」

「そ、そうなのか」

「いや、待てカナメ。それで「なんでもいい」とか言われたらどうすんだお前」

「うっ!」


 なんでもいい、はなんでもいいわけではないと同義とは良く聞く言葉だ。

 それは「私の好みと気分を察して適切な答えを導き出せ」と言われているのと同じだと、カナメは以前友人から聞いた覚えがあった。


「言わないです」

「そ、そうかな」

「はいです」


 ルウネの保証付きです、と。ルウネはそう言って、悪戯っぽく笑った。

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