ルウネとお出かけ5

「んー……結構お腹いっぱいになるな、パンケーキって」

「です」


 カナメ達が食べ終わり出る頃には、店にも少しずつ客が増え始めていた。

 その誰もがルウネをチラチラと見るのは少しばかり気になったが……かといって「見るな」と言ったところで余計見たくなるのが人の心理というものだ。

 二人並んで店を出る時も、若い女性二人がカナメ達をネタに話をしているのが聞こえてくる。

 何やらルウネが本物かどうかと言い合っているらしいが……本物でないメイドナイトなんていうものがいるのだろうか?


「いるですよ。メイドナイトだと名乗らないなら、恰好は自由です」

「いるんだ……」


 店を出た後にルウネに聞いてみればそんな答えが返ってきて、カナメはげんなりとする。

 しかしまあ、メイドが鎧を着てはいけないという法律があるわけでもなければ確かに自由なのだろう、と。

 そこまで考えて、カナメは「あ」と声をあげる。


「そういえば、バトラーナイトって鎧着ないのか?」

「着るですよ?」


 ハインツの事を思い出してカナメがそう聞けば、ルウネからはそう答えが返ってくる。


「あのハインツって人の事を言ってるなら。見た目だけでも、ただの執事を装ってるんだと思う、です」

「見た目だけでも、か」


 確かに執事服に鎧を重ねて着ていれば、それだけでバトラーナイトだとバレバレだ。

 エリーゼの正体を必要以上に推測されないようにする為には、「ただの執事」と見た目で思わせて注目させない工作も必要ということなのだろう。


「それに、極論を言えば。恰好は自由、です。ルウネは正装ですけど、そうでないメイドナイトも、結構いるかもです」

「ん……それは分からないけど、前に見たメイドナイトの人は正装だったなあ」

「そですか」


 然程興味はないらしく、ルウネはそれをさらりと流す。


「カナメ様は、この格好。嫌いですか?」

「ん?」

「嫌いなら考えるです、けど」


 聞かれて、カナメは考える。

 濃紫のメイド服と、胸元を覆う銀色の胸部鎧。趣味的といえば趣味的な恰好ではあるが、似合うか似合わないかでいえば……似合っている、とカナメは思う。

 ルウネの髪にも良く合っているし、何よりも。


「可愛い、と思うけどな」

「ん。なら、この格好でいくです」

「そっか」

「そです」


 どこか満足げなルウネに、カナメも微笑んで。なんとなくカナメから差し出した手を、ルウネが握る。


「ふふっ」


 笑うルウネにカナメが顔を向ければ、ルウネは「楽しいですね」と言って笑う。


「そうだな。俺も楽しい」


 なんとも穏やかで、暖かな時間。真上へと昇ってきた太陽は地上を明るく照らして、街には活気ある声と良い匂いが漂い始める。

 一日の中で、恐らくは一番平和な時間が此処にはあって。


「……楽しそうだなオイ」


 そんな、地の底から響くような声が背後からかけられる。

 何処かで聞いたようなその声に振り向けば、そこにはどんよりとしたオーラを漂わせたエルの姿がある。

 正直に言ってあまり関わりたくない感じが全開ではあったが、そういうわけにもいくまいとカナメは意を決して「どうしたんだよ、なんか元気ないな」と聞いてみる。

 ちなみに隣のルウネは「余計な奴が……」という顔でエルを見ながら「余計な奴が来たです」と呟いている。


「どうしたもこうしたもねえよ」

「あー。いい仲間が見つからなかったのか?」

「いや、一応昨日の話は広がってるらしくてな。話を聞きたがるのはたくさん居たんだよ」

「よかったじゃないか」


 何事も、まずは興味を持ってもらうのは大事な事だ。

 そこから話を繋げていくのは本人の手法だし、その入り口を得たのは大きいだろう。

 なら、そんな顔をする理由はないと思うのだが……カナメの眼前で、エルは大きな溜息をつく。


「ほら、昨日はタフィーちゃんいただろ?」

「ああ」

「未知のモンスターを倒せたのはその魔法士の子の力が大きいんだろう、なんで今日はいないんだ、解散したのか、解散したんなら紹介してくれよ……とこうだ。誰も俺に興味持ちゃしねえ」

「うわあ」


 要はエルをダシにしてタフィーとお近づきになりたい連中が殺到してしまったのだろう。

 それではエルに芽があるはずもない。


「早々に切り上げてきたけど、ずっとそんな調子だったから勧誘も出来やしねえし。そもそも、今日はダンジョン閉鎖中で情報欲しい奴か暇人しか居なかったしな」

「あー、閉鎖中だったんだ」

「おう、聖騎士団による調査で二、三日は閉鎖するそうだ。それで問題がなけりゃ再開放らしいぜ」


 となると、この町にあるのかは分からないが冒険者ギルドはさぞ混雑していることだろうとカナメは思う。


「仕方ねえから、神殿巡りでもしてこようかと思ってよ。今その最中なんだよ」

「ふーん? エルって信心深かったのか?」

「バァカ、仲間探しに決まってんだろ。この街にゃ冒険者ギルドはねえからな」


 エルのそんな台詞にカナメが疑問符を浮かべていると、横からルウネがこそっと呟く。


「聖国には、冒険者ギルドはないです。その代わり、各神殿が仕事の仲介とか、人同士の橋渡しとかも、してるです」

「へえー」


 たとえば剣士や斧士などの戦士は戦いの神のアルハザール神殿に集まり、魔法士はディオス神殿に集まったりする。

 故に聖国の神殿は情報交換の場であったり、冒険者同士の交流の場にもなったりするのだ。


「あ、そういえばアリサちゃんをディオス神殿で見たぜ」

「え? アリサを?」

「おう。まあ、ちらっと見かけただけだけどな。たぶんそうだと思うんだよなあ」


 ちょっと自信はないかもしれねえ、と何とも信憑性に欠ける事を言うエルに……カナメは「そっか……」とだけ呟いた。

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