ルウネとお出かけ3
「あー……なんかどっと疲れたな」
店を出たカナメが空を見上げると綺麗な青空が広がっている。
まだ昼というには少しだけ早いが、結構な時間がたっているようだ。
カナメの隣を歩くルウネは相変わらず人目を引いており、「恰好」というものがもたらす影響をカナメは改めて実感する。
「弓を本気で使う人、珍しいですから。テンション上がったんだと思うです」
「そうなのか?」
道を歩いている冒険者にも、弓を持っている者は結構な頻度でいる。
だからそんなに珍しくないようにカナメは思うのだが……ルウネは、ふるふると首を横に振る。
「弓は、矢が無くなったら使えないですから」
「ん、まあ……」
護衛の時などは、弓は優秀だ。
相手に魔法士が居ても魔法を撃つ前に矢で先制できるし、馬を射る事で突撃を潰す事も可能だ。
牽制として使っても優秀だし、味方の魔法士が魔法を撃つまでの時間を稼ぐことだって出来る。
どんな場面で使っても優秀な弓を使う弓士は、そういった理由で護衛依頼では重宝される。
弓士で無くとも、サブ武器として弓を持つ冒険者も少なくない。
しかし、ダンジョン目的の冒険者が多い聖国では少しばかり異なる。
ダンジョンはやめたければいつでも探索をやめて地上に戻る道を選択できるが、可能ならば深く、もっと深くというのが冒険者の当然の心理だ。
そんな中で、消耗品をどの程度持つかというのは永遠の課題だ。
簡単な傷薬に包帯、毒消し、麻痺消しに携帯食料。
可能ならば魔力薬も欲しいし、資金に余裕があれば再生薬も是非欲しい。
浄化の水袋は当然満タンだが、長く潜ることを考えれば余裕が欲しい。中でいつでも水場に運よく遭遇できるとは限らないからだ。
そうなると水の入った携帯できる瓶や小さな樽を持ち歩くようになる。
長期の探索を目標とすればするほど、これ等の荷物は多くなっていく。
冒険者によっては専門の荷物持ちを雇う事もあるし、それを生業とする者もいるが……それとて限界はある。
何より、荷物持ちだって食料も水も消費するし怪我だってする。ゾロゾロ連れて歩けばいいというものではないし、両側を挟まれて荷物持ちが殺される可能性だって当然ある。
さて、そんなわけで荷物は少なければ少ないほどいいわけだが。弓士の矢とはつまり、荷物である。
矢筒に入る程度の矢はたかが知れているし、戦闘後に回収するにしたって限度がある。
つまりどうやっても「替えの矢」を持ち歩く必要があるのだが……その矢を荷物持ちに持たせれば、その分荷物持ちが持てる荷物が少なくなる。これは、どう考えたって損失だ。
弓士の戦闘での利点を考えても、「矢が無ければ戦えない」弓士という存在はリスクになってしまうのだ。
もっと言えば、誰かがサブ武器として弓を持てば牽制程度の役割は果たせてしまう。魔法士を遠距離攻撃のエキスパートとして考えた場合、その必要性はやはり減ってくる。
最近では罠士と呼ばれる罠発見や解除、鍵開けなどのエキスパートが小さな弓などを持つことで牽制としての役割を果たすこともあって「弓士」のダンジョンでの立場は弱くなるばかりだ。
自然と弓士は護衛専門やモンスター退治へと流れ、ダンジョンに参加する事は減ってきているのだという。
「聖国にいる冒険者、大体ダンジョン狙いです」
「なるほどなあ……買うとしても小さな弓ってことか」
「です」
それでは、カナメは珍しかったことだろう。狩猟用品店に客が流れているというのも、その辺りの「小さな弓」人気が関係しているのかもしれない。
「うーん……でもまあ、分かる気がしないでもない」
「そですか?」
「うん。俺もルウネから貰った弓、モンスターに狙われて壊されたし」
あのドガールは「弓を壊せば弓士をほぼ無力化できる」と知っていた。そしてそれは大体の場合において正解であり、実際カナメも弓を召喚できなければ相当な戦力減であったことは否めない。
いや、そうでなくとも……弓を使えない距離にまで接近される事が多かったことを考えれば、今回の勝利はかなりギリギリであっただろう。
勿論カナメの弓は完全に引き絞らずとも撃つ事ができるし、接近されても効果のある矢は幾つかある。
それを考えると……。
「……そっか。俺の弓って、結構反則なんだなあ」
「よく分からないですけど。戦いにおける反則なんてものは、限りなく少ないですよ?」
「そうかな」
「そうです」
言われてみると「反則」というのはカナメの個人的感想であって、戦いにルールが設定されているわけではない。
いわゆる騎士道とかそういうのも自分に課したルールであって、相手にそれを強要するわけではない。
そもそも、そういうことを考え始めるのは強者の権利であるのだろう。カナメがそれに足る強者かといえば少しばかり違う気もするし、ルールを課して自分を縛るのも、またどうかという気もする。
「……むずかしー事考えてる顔、してるですね」
「よくアリサにも言われる。そんなに分かりやすいかな?」
問われて、ルウネはふむ、と呟き唇に指をあてる。
「ルウネは、カナメ様のメイドナイトですから。分かって当然、です」
ならアリサはどうなのか、とはカナメは問わない。
なんとなく、アリサなら自分の事を分かってくれているのではないかと……そんな不思議な信頼感があるからだ。
まあ、それはただの勘違いで、単にアリサがそういうのに鋭い人間というだけなのかもしれないが……そんなネガティブな思考は追いやって、カナメは「そっか」と頷く。
「じゃあ、俺もルウネの事をもっと分かるようにしなきゃな」
「さしあたっては、そこの角にある店のパンケーキ、好きです」
「はは……じゃあ行こうか」
何やら甘い香りの漂うその場所へ、カナメとルウネは並んで歩いていく。
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