一夜明けて

 ダンジョン探索から一夜明けた、朝。

 もうエルはダンジョン前で仲間探しをすると出かけてしまったらしく、カナメは朝食後のお茶を楽しんでいた。


「あー……なんかスッキリしますね、このお茶」

「南方で採れるカンセルという植物の葉ですな。清涼感が程よいと評判なのだそうで」

「はあ、なるほど」


 昨日に続いて今朝まで大変であったせいか、お茶のもたらしてくれる心地よさがカナメには嬉しい。

 ぼーっとしていると、隣に座っていたアリサが「そういえば」と声をかけてくる。


「カナメは今日どうするの?」

「うーん、どうしようかな。神官長さんとかいう人が戻ってくるまではどうにも……って、あれ? そういえばイリスさんは?」

「出かけてますわよ。他の神殿に挨拶に行くと言ってましたわ」


 アリサとは反対側に座るエリーゼにカナメは「そっか」と答えてお茶を口に含む。


「うーん……こういう時、普通冒険者って何やってるんだ?」

「武器の手入れとか修行とか、あとは依頼だね」

「武器の手入れ……」

「カナメ様の武器はアレですものね」


 そう、カナメの武器はレクスオールの弓。

 何もせずともいつもキラキラと黄金に輝く弓は「劣化」という概念すらないらしく、弦の張り具合まで常に完璧だ。

 となると、あとはナイフだが……。


「あ」

「ん?」

「どうされましたの?」


 カナメは思い出したようにカップを置くと、アリサに「ごめん!」と言って手を合わせる。


「アリサに貰ったナイフ、矢の材料にしたんだった」

「別にいいよ。装備品ってのは役に立てる為に使うものだから」


 そう言うと、アリサは懐から一本のナイフを鞘ごと取り出してカナメの手に握らせる。


「でもまあ、無いなら無いで困るだろうし……あげる。こういうのは消耗品だから、ある程度予備を持っておくといいよ?」

「あ、ああ。ありがとう」


 カナメは貰ったナイフを腰のベルトにつけると、後は何かなかったか……と考える。

 昨日ボロボロになってしまった服は、一応替えがある。

 今すぐどうにかしなければいけないというものではないが、縫うか買い足しておく必要はあるだろう。

 マントは昨日は着ていなかったから、無傷。

 あとはまあ、大丈夫だろう。


「うーん。服を一枚縫うか買うかしておくかくらい、かな」

「縫うのはダメですわよ、カナメ様」

「え?」


 エリーゼの指摘にカナメが疑問符を浮かべるとエリーゼはみっともないからです、という何とも反論しがたい理由を教えてくれる。


「えーと。いやでもほら、節約とか」

「それは旅の間の話だよ、カナメ」


 横からアリサも、そう言って補足する。

 物が限られている旅の間は、あるものをどうにかして使うのが基本だ。

 ちょっとした小物などは旅の間でなくても補修して使うのは冒険者の基本であり節約術、なのだが。

 服に関してだけは違う。

 あまり補修だらけの服を着ていると「あの冒険者は新しい服を買う金も作れないほど仕事ができないのか」と思われてしまうのだ。

 そうでなくとも、初対面で立派な装備の冒険者とボロボロの装備の冒険者のどちらを頼もしく思えるかと問えば、大抵の者は前者を選ぶ。

 そこまででなくとも、補修跡が目立つ服というのは如何にも受けが悪い。

 ただでさえチンピラ一歩手前に見られやすい冒険者であれば尚更だ。


「ん……まあ、そう言われるとそうだよな」


 どの世界でも、それは共通といえることだろう。

 そんな当然のことを改めて思い出し、カナメは頷く。

 しかしそうなると、忙しくなる前に新しい服を買いに行く必要があるということだろうか?


「じゃあ、今日は服を買いに行こうかな」

「うん、それがいいと思うよ」

 

 頷くアリサに後押しされるように、カナメは今日の予定を決定する。


「二人は、今日はどうするんだ?」

「私はまあ、適当にね」

「私は魔法書を読んでますわ」

「魔法書?」


 なにやら楽しげな響きのする言葉にカナメが反応すると、エリーゼは「そういえばカナメ様はご存知ありませんでしたわね」と言って微笑む。


「魔法書というのは、個人が魔法屋で購入した魔法などを書き留めておくものですの。詠唱などは覚える魔法が増えるほど忘れやすいものですから、そうして確認するのですわ」

「ご興味がおありでしたら、魔法屋で白紙の魔法書も売っております」

「へえ……後で行ってみようかな」

「私もこの状況でなければご一緒するのですけれど」


 街中では、「黄金の弓を持つ不審者」の情報が加速度的に広まっている。

 その噂話が収まるのには長い時間か、あるいは徹底的に打ち消す話がなければ不可能だろう。

 つまり、今日はまだ単体で動くしかないわけだが……。


「そういえば、ルウネの弓も壊しちゃったんだったな……」

「どうせカナメ様が使うものです、から。代わりのを買えばいいです」

「うん、まあ」

「ルウネが一緒に行くですよ?」

「そ、それは問題があるんじゃありませんの!?」


 ひょっこりと顔を出したルウネにエリーゼが反論するが、アリサが「いいかもね」とフォローを入れる。


「街の噂にはルウネのことは無いし。噂の黄金弓の男とメイドナイトを連れた男が同一人物とは中々思わないんじゃないかな?」


 それは、単純に「目につくものが何であるか」という話だ。

 黄金の弓は単体でそこにあれば目立つ。それはどの場所でも同じだが、この聖都に限ってはメイドナイトのほうが目立つ。

 メイドナイトやバトラーナイトに目に行った後に初めて「隣の奴は誰だ」となるのであって、言い換えればカナメがメイドナイトであるルウネの付属物と化すわけだ。


「ルウネが居ればカナメは目立たない。実にいい関係じゃない」

「……普通は逆じゃなきゃダメなんじゃないかな」


 そんなカナメの呟きにしかし、アリサは肩をすくめるだけであった。

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