起きないと

「カナメ様、起きて、です」


 そんな声が、横から聞こえてくる。

 まだ意識がぼんやりとしているカナメはもう少し、と小さく呟く。

 目を開けるのも少し億劫で……しかし、そう。あと五分くらい微睡んでいたら気持ちよく起きられる気がするのだ。


「起きないなら、耳噛むです」

「ん、あと五分……」

「ゴフン? よく分からないです、けど。警告したです」


 もぞもぞとベッドの上に何かが上ってくる音と、耳元で聞こえるゴソゴソという音。

 そして、カナメの耳元に熱い風のようなものが当たり……やがて感じた、かぷりと噛まれたような感覚がカナメの意識を一気に覚醒させる。


「うわあっ!?」


 慌てて起き上がったカナメが見たものは、自分のベッドの横に立つルウネの姿。


「ル、ルウネ……」

「おはようです、カナメ様」

「……おはよう。あのさ、俺の耳に何かした?」


 恐る恐るカナメが聞いてみると、ルウネは自分の唇にそっと指で触れてみせる。


「噛んだです」

「えっと」

「カミカミしたです」

「……言い直さなくていいよ」


 どうやら気のせいではなかったらしいとカナメは朝から頭痛がする思いだが、ルウネはそれに首を傾げてみせる。


「警告はしたですよ?」

「そうかもしれないけどさ……」


 溜息をつくカナメに、しかしルウネは「朝御飯の時間です」と告げてくる。


「あー、うん。すぐに着替えるよ」

「手伝うですか?」

「いらない」


 即答するカナメにルウネは不満そうな顔をすると「分かったです」と答えて。


「……なにか、妙な夢でも見てたですか?」

「え?」


 どうして、と言いたげな顔をするカナメにルウネは自慢げな笑みを浮かべる。


「見れば分かるです。ルウネはメイドナイトです、から」

「そんなものなのかな」

「そんなものなのです」


 言われてみると、そんなものなのかもしれない。

 バトラーナイトであるハインツの底知れないところを見ていると、そう思えてきてしまう。

 彼も何処にいるとも知れないエリーゼの事を察して現れたり消えたりするし、それが当然であるかのように振る舞っている。

 そのハインツを基準にすると、ルウネの言い様もさほど不思議な事には思えない。

 しかし、夢の内容を話すか否か。

 少し考えた後に、ルウネなら大丈夫か……とカナメは結論する。

 カナメのメイドナイトであるルウネならば、情報の秘匿という面では誰よりも安心なはずだからだ。


「えーっと。簡単に言うと、神様に会った……夢を見た、のかな?」


 あれを夢と言っていいのかどうかは、カナメ自身迷うところはある。

 正直に言って、夢とは思えない。

 いや、夢ではなく現実であろうとカナメは考えている。

 思えないが……身体がここにある以上、夢としか説明しようがない。

 

「夢、ですか」

「ああ」

「悪い夢、だったですか?」


 そんなルウネの質問にカナメは「いや」と言って否定する。


「悪い夢、では無かったかな」

「ならよかったです」

「かもね」


 微笑むルウネにカナメも微笑み返して。ルウネが差し出してきた着替えを受け取る。


「ありがと、ルウネ」

「いいえ。ルウネは、カナメ様のメイドナイトですから」


 メイドナイトとなってから、ルウネのカナメへの呼び方は「カナメさん」から「カナメ様」に変わった。

 それが少し距離が遠くなったようで寂しくはあるが……ルウネ自身が何も変わっていないのを見ると、気にしているカナメが勝手にそう感じているだけで、実際には何も変わっていないのでは……と思えてくる。

 まあ、こうしてルウネが世話を焼いてくれているので変わっている部分は変わっているの、だが。


「あのさ」

「はい」

「そろそろ着替えるから出て行ってくれると……」

「ルウネは気にしないです」

「いや、そういうわけにも……」

「手伝ったほうがいいですか?」


 言いながらカナメの服に手をかけるルウネと、抵抗するカナメ。

 当然ながらメイドナイトの手際は凄まじいもので、抵抗むなしくカナメはアッサリ上着を剥がされて。


「ちょ、ちょっとルウネ! 自分で出来るって!」

「ルウネがやったほうが早いです。絶対です」


 そんな問答をしていると、部屋のドアがノックされ開かれる。


「カナメ様? ルウネさん? 早くしないと冷め、て……」


 開いたドアから顔を出したのはエリーゼで……部屋の中の光景に、目を瞬かせる。


「あ、エリーゼ! エリーゼもルウネになんとか言って……」


 カナメの言葉が終わる前に、部屋の中に入ってきたエリーゼが後ろ手にドアを閉めて。

 優雅な笑顔を浮かべて、カナメへと視線を向ける。


「……カナメ様?」

「え。な、なに? 俺?」

「いかにメイドナイトといえど、普段着の着替えのサポートまでさせるのは如何なものかと思いますわ?」

「何もおかしくない、です。メイドナイトは衣食戦、どんな状況でもフルサポートです」


 衣食住じゃないんだ、というカナメの疑問もエリーゼがドアをバンと叩く音で泡のごとく消える。


「そんな事はどうでもいいんですのよ。どっちが言い出したんですの?」

「言葉に出ない要望を素早く察知。基本です」

「カナメ様?」

「ご、誤解だ! 俺は何も!」


 静かに怒るエリーゼと、どこ吹く風のルウネ。

 といっても、「ルウネが悪い」などとは言えないのがカナメの美点であり欠点。

 アリサが様子を見に来て仲裁するまで、なんとも居心地の悪い空間が形成されてしまったのであった

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