知らない
カナメのシンプルな答えにタフィーは絶句する。
予想でいいならば、恐らく
魔法を使う人間は誰もが身体に魔力を纏い、常時「余剰分の魔力」を体調の維持や僅かな強化に使っている。
個人差こそあるが、それは原初の魔法であり誰もが最初に使う魔法でもある。
そして同時に、魔法は「纏わせる」事が出来るという証拠だ。強化系の魔法はそこから研究され発展したものだが、いまだに「纏う防御魔法」は存在しない。
それは「触れるものを弾く」という防御魔法の特性によるものだが……これが実に厄介だ。
なにしろ、敵味方の区別なく触れるもの全て弾いてしまうのだ。
つまり、万が一体に纏わせたらカナメの場合弓を弾くか矢を弾くか、どちらかになってしまうはずだ。
服が切れたり弓が壊れたりしているところを見ると、装備品に作用しているというわけでもなさそうだし……そうなると、ますます謎が深まる結果になってしまう。
しかも
それになにより、タフィーがこうして触れるのが謎だ。
本当に
なのに、斬れずとも怪我をせずとも、打撃の痛み自体はカナメは感じていたのだ。
「となると、超回復……? いえ、でもそれなら血の跡が……」
「おーい、タフィー?」
「え、あ。すみません。あんまり興味深かったものですから」
「いや、いいけど……」
タフィーが離れたのを見計らうかのように、エルから二人を呼ぶ声が聞こえてくる。
「おーい、二人とも。カギ開いたぜ」
嬉しくてたまらない、といった顔で呼ぶエルの元へ二人が走っていくと、エルは宝箱を膝の上でポンと叩く。
「ダンジョン初心者のカナメは知らねえだろうけどな、宝箱ってそれ自体が簡易的な魔法の品なんだよ」
まず基本的に、ダンジョンの外へは持ち出せない。
持ち出そうとした瞬間に溶けて消えるし、開けてしばらくの時間がたつとモンスターの死体同様に消えてしまう。
そして、振って中に何があるか確かめようとしても一切の音が聞こえないし鍵穴から中身が見えることもない。
「開けてみてのお楽しみってわけか」
「ロマンがありますよね」
「そういうこった」
二人の反応にエルは満足気に頷くと、宝箱を床に置く。
「まあ、カギを開けられる奴がいなきゃ意味ねえってことだが……俺の天才的作業で開いたわけだ!」
言いながら、エルは中腰になって宝箱の蓋に手をかける。
何度ダンジョンに潜っても、一番楽しいのはこの瞬間だ。
これを楽しむ為に鍵開け技術を習得したといっても過言ではなく……もっと深い階層に潜らなければ手に入らないであろう宝箱の中身に、エルは期待に胸を躍らせる。
「さあて、なあにが入ってるかな……と」
魔法の品か、それとも豪華な財宝か。
蓋を開けたエルに続いてカナメとタフィーも箱を覗き込み……そこにあったモノを見て首をかしげる。
「なんだ、これ?」
「瓶の欠片と……水?」
「……たぶん魔力薬だ」
「えっ」
エルの呟きに、タフィーは驚きの声をあげる。
魔力薬といえば、ほんの少しの量でも驚くほどの額を要求する貴重な薬だ。
ダンジョンでも階層を下に進んでいけば手に入り、高価で買い取られるものなのだが……つまり、ここにあるのはその残骸ということになる。
「あ、そうか。アイツ宝箱蹴っ飛ばしてたし……」
「その時の衝撃で……?」
水晶瓶ならともかく、ガラス瓶であればそういうこともあるだろう。
あるだろう、が。
「……有り得ねえだろ。なんでダンジョン産の魔力薬がふっつーのガラス瓶に入ってんだよ」
「え、えーと……」
「あんにゃろう。次会ったら俺がブチ殺す……」
言いながら崩れ落ちるように床に転がったエルに、カナメとタフィーは顔を見合わせて……頷きあうと、カナメは走り出しタフィーはエルの腕を引っ張る。
「え、エルさん。ほら、まだお宝はあるじゃないですか」
「あー?」
「ほら、エル! あいつの盾!」
言いながら、カナメはドガールの残した盾を抱えてエルの元へと走っていく。
大きな盾は、どうやらただの金属製の盾ではないらしく僅かに魔力を帯びた魔法の品であることが分かる。
獅子を思わせる装飾も美しく、気取った冒険者や騎士が喜びそうなデザインだ。
如何にも値打ちものだと全力で主張するその盾に、エルは「そーな」と言って起き上がる。
「……まあ、考えてみりゃ命拾ったんだ。あんまし贅沢言っても罰当たるな」
「そうそう、それにエルも大活躍だったじゃないか」
「いや、俺はほとんど何もしてねーよ。カナメ、お前の手柄だ」
言いながらエルは立ち上がり、ニッと笑う。
「……んじゃ帰るか、凱旋だ!」
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