凱旋、したよね

「ふーん、それは大変だったね」


 よく頑張った、とアリサに撫でられカナメは照れたように頬を掻く。

 結局あれからタフィーとはダンジョン前で別れ、こうして流れる棒切れ亭へと戻ってきていた。

 夜遅い時間ということもあってエリーゼはすでに就寝しており、たまたま下で酒を飲んでいたアリサと出くわしたのだが……そのままなんとなく、今日の思い出話の最中であった。


「で、その盾はどうしたの? 売ったの?」

「いや、それがさあ……」

「とられた」


 机に突っ伏していたエルが、ぼそっと呟く。

 帰ってくるまでずっと不機嫌だったエルだが……その原因は、その「盾」にあったりする。


「えーと。なんていうか、地上に戻ったら思ったより大騒ぎになっててさ。で、証拠品っていうか」


 そう、エルからのジェリーが出たという報告を含め、二階層で通常発生しないモンスターが出現ポップしたという複数情報が聖騎士団にあがっていたのだ。

 こうなると聖騎士団としても本格的に動かざるを得ない。

 何しろ、少し前に王国の方で小規模とはいえ「侵攻」騒ぎがあったばかりなのだ。

 その前兆となる異常現象で無いなどとは誰も断言できず、中規模の部隊を編成しての第二階層の大規模探索が決定されていたのだ。

 そして、そこに戻ってきた「生還者」であるカナメ達の持つ「魔動騎士長ゴーレムナイトリーダーの盾」は、聖騎士団の危機感を煽るには充分すぎた。

 結果として盾は事態究明と各神殿への報告の為の証拠品として一時的に差し押さえられる事になってしまったのだ。


「あとでちゃんと返すか、相応の金額を用意するってことだったんだけどさ……」

「こういうのは話題になってる時の方が値が付くんだ。事態が収まってからじゃ相場通りにしかならねえじゃねえかよ……」

「てことで、エルがふてくされちゃってさ」

「ふーん。まあ、それはどうでもいいけど」


 自分のものじゃない金の話なんかどうでもいいとアリサが切り捨てると、エルは更にふてくされてしまうが……それを無視してアリサはカナメをじっと見る。


魔力障壁マナガードだっけ。それの方が私は気になるな」

「うーん。エリーゼに聞いてみようかなって思ってたんだけど」

「どうかな。カナメの言ってたタフィーとかいう魔法士が知らないなら、たぶんエリーゼも知らないと思うけど」

「え? なんでだ?」

「だってその子、きっとディオス神殿の関係者だよ?」

「あー、そうだな。たぶん神官か神官騎士か……その辺だろうな」


 アリサとエルの言葉にカナメは「えっ」と驚きの声をあげる。

 優秀な魔法士なのだろうとは思っていたが、そこまでとは思っていなかったのだ。


「え? で、でも。冒険者だし帝国の騎士学院の」

「イリスだって冒険者だけど神官騎士でしょ?」

「つーか詠唱が聖国式だったしな。帝国式だと、もうちょい強気になる」


 頷き合うアリサとエルに、カナメは「ええ……」と声を漏らす。

 気づいていなかったのは自分だけということなのかもしれないが、これは仕方のない事だ。

 詠唱などというものは魔法屋ごとに違っていたりするから、余程神経質でもなければ一々気にしたりしない。

 あまりその辺の事情を知らないカナメに察しろといっても無理な話ではある。


「その子、魔法付与マジックエンチャントを使ったんでしょ?」

「あ、ああ」

「それ、ディオス神殿が独占してる魔法だもの。認められないと教えてくれないはずだよ」


 魔法の神ディオスを信仰するディオス神殿は、その名に相応しく様々な魔法知識があるとされている。

 その中には一般的には失われたとされる神代の魔法もあるとされるが……魔法付与マジックエンチャントはその中の一つだ。

 勿論秘匿しているわけではなく、ディオス神殿に認められた者には授与という形で伝授していたりするが……つまり、それを使えるタフィーはその時点でディオス神殿と相当に繋がりのある者だということが判明しているということだ。


「そ、うなのか……」

「まあ、だから何ってわけじゃないけど……弓見られたのがどう影響する、か……」


 言いかけて、アリサはカナメの恰好に気づく。


「カナメ、弓は?」


 そう、今のカナメは弓を持っていない。

 先程までの話でも弓が出ていないということはまさか、ダンジョン内に捨ててきたのだろうか。

 そんな事をアリサが考えていると……カナメは「ああ」と気づいたように声をあげる。


「なんか、消せた」

「は?」

「いや、えーと……見せたほうが早いかな」


 言うとカナメは立ち上がり、片手を前へと突き出す。


「……弓よ、来い!」


 カナメの声に従うかのように、光がカナメの突き出した手へと集まり……やがて弓の形をとる。

 それはカナメの「レクスオールの弓」そのものだが、カナメはそれをアリサへと見せる。


「で、ここからなんだけど……弓よ、戻れ!」


 そう唱えると同時に、弓は光となって何処かへと消えていく。

 当然カナメの手の中には何も残らず……それを見てアリサはポカンとした表情を浮かべる。


「ほら、弓持ったままで外出ると騒ぎになるだろ? で、なんとか消せないかと頑張ってみたら……できた」


 やればできるもんだよな、というカナメにアリサはしばらくの無言の後……カナメの頭を軽く叩く。


「最初っからそれやってれば何の問題も起きなかったじゃない! バカなの!?」

「ええっ!? そ、そんな事言われても今まで出来なかったし!」

「うっさい!」


 更に叩かれるカナメだが……この後、二階のカナメの部屋に元通り黄金の弓が鎮座している事を発見した上に、戻れと唱えようと消えろと唱えようと全く反応しなかったことは……また、別の話である。

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