ヴーンとの戦い
ヴーン。その名前を知らない者は、恐らくほとんど存在しない。
無数に存在するモンスターの中でも
カナメとしても、初めての戦闘はヴーンであった為に中々忘れがたい相手でもある。
まあ、そんなカナメでも倒せてしまう程度にヴーンは弱い。
弱い、のだが……それでも被害が無くならないのには理由がある。
それはヴーンが「集団で狩りをする」モンスターであるということだ。
最低でも五匹。それがヴーンの群れの最小単位だが「引き寄せ」「待ち伏せ」など、単純ではあるが効果の高い戦術を本能的に駆使するヴーンは油断した獲物を実に効率的に殺す。
そうでなくとも「数の暴力」とは一番効果の高い手段であり……言ってみれば、このような逃げ場のないダンジョンの通路で前後をヴーンに囲まれた場合、絶体絶命に近い状況が生まれてしまうのだ。
「さーて、どうすっかなあ……」
「1、2、3……数える気も無くすな」
エルとカナメで、タフィーを守るように背中合わせで布陣する。
互いの視線の先には通路を埋め尽くすヴーンの姿があり……牙の並んだ口がカナメ達を喰らおうと打ち鳴らされる。
「どうする? エル」
「……たぶん、余裕があんのは最初の一手までだな。向こうがこっちの武器を見定めようとしてる間に殲滅しねえと「数で勝てる」と思わせたら終わりだ」
そして当然ながら、エルにはその手段はない。当然だ。ヴーンが出る事は想定しても、ここまでの数が一気に出る事は想定していない。
数が集まれば仲間割れが起きるのがモンスターの性質であり、それはヴーンにも当てはまるはずだったからだ。
「カナメ、お前の手持ちでなんとか出来るのはねえか?」
「……たぶん、ある。例によってヤバいやつだけど」
「よし、構わねえ。ブチかませ」
「分かった。でもそれでも片側しかすぐには対処できないぞ」
「なら、私がやります」
エルとカナメの作戦会議に、タフィーがそう言って参戦する。
汗ばむ手で杖をしっかりと握ったタフィーに、エルは振り返らないまま問いかける。
「やる気だけじゃ困るぜ。下手な事やったら集中攻撃だ、守り切れねえ……なんとか出来る手持ちはあるんだな?」
「馬鹿にしないで、ヴーンの群れ程度……私にだってどうにかできます」
「ならカナメの反対側だ。信じたぜ」
「……はい」
信じた、と。そう言うエルにタフィーは見えないプレッシャーを感じる。
カナメに言ったように「ブチかませ」ではなく「信じた」とエルは言った。
それは「お前の実力は知らないが任せる」ということであり……「期待に応えろ」という意味でもある。
言うなれば、エルはタフィーに賭けている。それを理解したタフィーは唾を飲み込み……杖を構え、詠唱を始める。
「……ここに言葉在り。我、これを持ちて原初の力へと働きかけん。世界よ、魔力よ、神々よ。我が呼び掛けに応えたまえ。我は世界の深淵に己を浸す者、世界に波紋を広げる者……」
タフィーの足元に幾何学模様の魔法陣が広がり、杖の魔法石が強く輝き始める。
エリーゼがここまで長い詠唱をしているのはカナメも聞いたことが無いが、恐らくはかなりの大魔法なのだろうと理解し……カナメも、「光」に手を伸ばす。
出来れば触れたくはない。触れたくはない、が……今は他に手段が無い。
選ぶのは、あのヴーンの群れを確実に殲滅できる矢。
「……
ギリッ、と。光が、世界が捻じ曲がる。
カナメの手元で空間が捻じれ、捻じれて。
まるで世界という名のどろりとした空間から何かを抽出するような……世界がそんなだと錯覚するような感覚と共に、カナメの手元に一本の矢が生まれる。
薄く発光する、捻じれた白と黒の二色の矢。そんな矢を弓に番え、カナメはヴーンへと狙いをつける。
「我は此処に渾身の波紋を生じさせよう。世界を揺るがし、我が敵を激動の内に飲み込もう。願わくば、その不敬を赦したまえ」
タフィーの杖が、溜め込み増幅した魔力の負荷で振動し鳴り始める。
限界だと。早く解き放てと叫ぶかのようなその音と、魔法石の中で輝きを増す光。
その杖の先をタフィーはヴーンの群れへと向け……今だと足を打ち鳴らす。
「……いけえっ!」
「
タフィーの杖から放たれた不可視の魔力の波が空間を揺らし、範囲内のヴーン達を揺らす。
高速で縦と横にシャッフルするような……外からも中からも揺らし続ける凶悪な振動に、まずはヴーンの内部が損傷し弾ける。
続けて、ヴーンの身体自体も押し潰されるように……あるいは爆発するように弾けていく。
一体として同じ死に方は無く、まるでヴーンの死に方ショーを演出するかの如き大撃滅。
……そして、その反対側でもカナメの
ギャアギャアと鳴くヴーンの声も一瞬。
何故なら……その一瞬の後に「檻」の中で光が乱反射しヴーン達を四方八方から貫き殲滅し尽してしまったからだ。
「……おつかれさん」
終わった後には、すでに一体のヴーンも残ってはいない。
それを確認したエルがそう言うと同時にカナメは息を吐き……タフィーは、ぺたりと地面に座り込んだ。
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