二階層の探索

「へえ、カナメさんは王国から来たんですね」

「あ、ああ。タフィーさんは?」

「私は帝国です。これでも帝立騎士学院では良い成績とってたんですよ」

「へえー」

 

 二階層を歩きながら、カナメとタフィーはそんな会話を交わす。

 マッピングはタフィーが地図を持っているという事で時間短縮の為に無しとなり、探索にも警戒にも大分余裕が出来ていた。

 

「つーかよ、帝立騎士学院ってあれだろ? 帝国が将来の騎士を育てるってやつ。そんなとこで良い成績とってるエリートが、なんでこんなとこにいるんだよ」


 帝立騎士学院ってなんだろうと思いながら聞いていたカナメは心のメモ帳に今のエルの言葉を書き止めながらも「別におかしくないんじゃないか?」とフォローする。


「自分の力を試したいってやつだろ。よくある話なんじゃないか?」

「そ、それは……」

「いやいや、有り得ねえって。ガッチリ三年間全寮制で教育してんだぜ? スパイ対策に里帰りも手紙もガッチリ監視と検閲やってるような連中が、生徒を一人で他国に出すわけねえだろ」


 帝立騎士学院。それは帝国が運営する「騎士を育てる学校」だが……入った以上は騎士になるか落ちこぼれて退学になるかの二択しかない。

 入るのも至難である騎士学院の生徒は帝国にとっては将来を支える金の卵達であり、他国に奪われるなどあってはならないことだ。


「あんまし人様の事情に踏み込みたくはねえけどよ。もし学院抜け出して力試しに来てんなら、早めに帰った方がいいぜ。まともな将来があるんだしよ」

「お、おいエル……」

「事実だろ。三年キッチリ我慢すりゃ安定した生活が手に入るんだ。わざわざ捨てるこたあねえよ」

「もう捨てられましたから」


 キッパリとそう答えるタフィーに、エルもカナメも黙り込む。

 捨てたではなく、捨てられた。非常に触れてはならない部分を感じたのだが……タフィーは踏み込んできたのはそちらからだとばかりに続ける。


「貴族のバカ息子と喧嘩しまして。で、私が悪い事になって退学です。もう帝国には私の居場所はありません」

「え、えーと……」

「喧嘩って。何が理由だったんだよ?」


 何も言えなくなるカナメとは逆に、エルは更に踏み込んでいく。

 その蛮勇極まる姿にカナメは先を歩くエルを止めそうになるが……エルは振り返りもせず「雑談」の姿勢を崩していない。

 

「まあ、一言でいうと庶民が生意気だと」

「そっか」

「バカだと思いますか?」

「別に。そんな過去の話より未来の話の方が好きだからよ」


 そう言うとエルは振り返り、荷物袋から木人形ウッドドールから手に入れた剣を抜き出し、くるんだ布ごとタフィーへと放る。


「え、きゃっ!?」


 なんとかそれを受け取ったタフィーは中身に気付き、剣を抜き出す。


「これって……」

「騎士学院に居たんなら使えるだろ? あそこにゃ魔法士育てるコースはねえって聞いてるぜ」


 ニッと笑うエルにタフィーは苦笑し「安物ですね」と毒づいてみせる。

 しかし剣を軽く振り構える姿は、カナメがやるよりも余程堂に入っている。


「仕方ねえだろ。俺は武器屋じゃねえんだし此処は地上じゃねえ。鍛冶屋にオーダーメイドってわけにゃいかねえんだ」

「……貴方が腰に差してるナイフのほうが、余程使えそうですけど?」

「そりゃできねえ相談だ」


 笑いながらエルは再度正面を向き、歩き出す。

 タフィーはその背に向けて「ケチ」と言って舌を出すと、すぐにすました顔で歩き出す。

 カナメもすぐに歩き出すが……思わず、小さな呟きが漏れて出てしまう。

 

「……なんか、すごいな」


 エルは、結局否定も肯定もしていない。

 カナメであれば先程のタフィーの問いに何らかの答えを出していただろう。

 それが聞いた側の誠意だと思うからだが……エルは逃げるでも誤魔化すでもなく、しかし答えを出さないままにタフィーの「過去」を踏まえた上で行動してみせた。

 それはきっと、エルの言った「過去の話はどうでもいい」というのに集約されているのだろう。

 終わった話は忘れてしまえと。単なる経験値だと割り切ってしまえと示しているのだ。

 剣を投げてきたのが何よりの証明で、それは「わざわざ魔法士をやっているということは……」と考えてしまうカナメには出来ない事だ。


「デリカシーが欠けてますけどね、エルさんは」

「はは……」


 確かに、それもあるだろう。

 しかし、それをひっくるめてエルという人間の手腕であるようにもカナメは思えるのだ。

 恐れず踏み込み、見極める。未だカナメに足りないそのやり方は、参考にしなければならない部分が多々ある。

 それが分かるだけでも今日エルと来た価値があるとカナメは考えて。


「……!」


 何かを感じ、立ち止まる。

 それから少し遅れて、エルも同様に止まり大剣を構える。


「おい……聞こえるかカナメ」

「ああ、これって……」

「たぶん俺達二人にゃ、一番相性悪い相手だな」


 聞こえてくるのは、羽音。

 ブーン、ブーン……と。響く羽音と、断末魔にも似た音の群れ。

 明らかに尋常ではない数がいると思われるその音は、カナメ達の前後から聞こえてくる。


「ヴーンの……群れかよ。このクソダンジョン、ろくでもねえマッチングしやがるぜ……!」


 前から、後ろから。姿を現すヴーンの大群に、エルは毒づき大剣を構えた。

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