どうする?
「さて、と」
ようやく泣き止んだ少女の肩を叩くと、エルは「どうする?」と耳元で囁く。
選択肢は二つだ。戻るか、進むか。
細かい違いはあれど、結局はこの二択だけ。どれを選ぶかは、少女次第なのだ。
「もし戻りたいんなら、手伝ってやるよ。上の階に行きゃ騎士の巡回も多い。そこまでタダで護衛したっていい」
わざわざ「タダで」と言うのは恩を売る為ではなく安心させる為だ。
冒険者というのは足の引っ張り合いも多い職業であり、女性冒険者となれば貞操的な意味での危険も常に付きまとう。
それを避けるには相手の言葉の裏を疑うのは当然であり……「タダだとは言っていない」というのは常套手段として警戒するべき点なのだ。
エルはそれを分かっているからこそ「タダ」と「騎士」という言葉を同じ台詞の中に使用し安心させる手段をとった。
全ては少女を安心させる為であり……少女もそれを理解したのか、座り込んだままじっとエルを見上げる。
「あの……」
「おう」
「……貴方達は、私と会わなかったらどうするつもりだったんですか?」
「元々往復一日の予定だったからな。適当なところで切り上げて帰るつもりだったぜ」
笑顔を浮かべるエルから視線を外し、少女はカナメへと視線を向ける。
少しふわっとしたパーマのかかった長い金髪に、青い目。
どことなくきつい印象のある目はしかし怯えが消えておらず、カナメにも探るような視線を向けてきている。
着ている服は厚手の布のローブのようなもので、濃い青色のマントを上から纏っている。
抱えている杖は木製の長杖のようで、先端には拳程の大きさの赤い魔法石が嵌っているのが見える。
どう見ても魔法士という出で立ちだが……その少女は、不器用に笑顔を浮かべるカナメからふいと目を逸らしてしまう。
「……あの
「
疑ってるわけじゃねえぜ、と言いながらエルは周囲を見回す。
基本的に人間の目の前で
故にダンジョンの中での休憩などには細心の注意を払う必要があるのだが……浅い階層ではたいしたモンスターが出ないからと気を抜く者も多い。
だが、そうした者達にとって今の状況は地獄に近いだろう。
今だって、こうしている間に曲がり角の先に強力なモンスターが
「……ひょっとすると、この階に「何か」あるのかもしれねえな」
「何か?」
聞き返すカナメに、エルは頷いてみせる。
「ああ。これはあくまで噂なんだが、深い層に強いモンスターが出るのは宝のレアさに比例してるからだって話がある」
所謂「宝の番人」説だが、これが正しいかどうかは分からない。
しかし実際に深く潜れば潜る程貴重なアイテムが出現し、強いモンスターが現れるのも事実だ。
つまり宝のレアさとモンスターの強さが比例しているのは、今のところ事実ではある。
無論、深く潜って宝箱を開けてもロクなものが出ない事もあるが……それはそれだ。
此処でエルが言いたいのは、こういうことだ。
「この階の何処かに貴重な何かがあって、それのせいで強いモンスターが出てる……って言いたいのか?」
「可能性としてはあり得るんじゃないかって程度の話だけどな。だとすりゃ、誰かがそいつを回収すれば終わる話だ。「決壊」みたいなヤバい事態にはならないだろうな」
浅い階層でそれなりの価値のアイテムをゲットとなれば、実に美味しい話だからだ。
しかし、少女をほっといて宝探しというのは、エルにとっては少々許容しかねる事態ではあるし……カナメもそうであろうとエルは踏んでいた。
だからこそ、そのアイテムは知らない誰かに譲ってやるぜというのがエルの結論だった。
「ま、推論でモノ言ってもしゃあねえよな。
「待ってください」
しかし、エルの言葉を遮ったのは少女自身だった。
「私、そのアイテムを探したいです」
「え? でも」
大丈夫なのかと言いかけたカナメを、エルはトンと肘で軽く突いて黙らせる。
「あるかどうかなんて、分かんねえぜ? アイテムどころか、もっとヤバい何かが原因かもしれねえ」
「だとしても。ここで地上に帰ったら私……きっと、一生後悔しますから」
心折れるのは、悪い事ではない。
万事でそうであるように、冒険者にも引き時というものはある。
今日死ぬのか、明日生きるのか。
今日生きるのか、明日死ぬのか。
冒険者とは「いつ死ぬか」を見極め続ける職業であるというが……少女は今まさに、その「心の折り時」であり「引き時」であったのだ。
此処で心折れて引けば、どう今後生きていくかはさておいて普通に生きられる。
しかし此処で引かなければ、明日にもヴーンに喰われて死ぬかもしれない。
仲間を失ってゼロになった少女には、目の前に「冒険者をやめてもいい」選択肢があったのだ。
そうでなくとも、エルとカナメに地上に送ってもらった後で新しいパーティを組む選択もあった。
それをせず、今ここで進もうとすること。
それは……「この異変を解決するのは私でなければならない」と決意している何よりの証。
仲間の仇とか、そういう色々な理由の底に……ギラつくような冒険者としての渇望が、少女の中で燃え盛っているということなのだ。
「そっか。じゃあ頑張れよ」
「私、タフィーです。熱風のタフィー」
「……エル。ただのエルだ」
「あ、俺はカナメ……」
熱風のタフィーと名乗った少女は瞳に強い意志の光を宿すと、エルを正面から見据える。
「……お願いします、エルさん。カナメさん。今回の探索の間だけでいいの、私に雇われてください」
「いつまでもってわけにはいかねえぜ。一日の予定で申請しちまってるしな」
「なら、せめて今日一日。明日出る分には探索依頼も出ないでしょう?」
タフィーの言葉にエルは「ふーむ」と呟いた後にカナメに視線を向ける。
「どうする、カナメ。最初の予定とは違ってきちまってるけど」
「いいんじゃないかな」
エルの問いかけに、カナメは迷わずそう答える。
此処でタフィーの誘いを断っても、きっとタフィーは一人で行ってしまうだろう。
なんとなく、そんな危ういものを感じたのだ。
「でも、今回のリーダーはエルだ。エルに任せるよ」
カナメがそうエルに振れば、エルは「じゃあ、決まりだな」と頷く。
「言っとくけどタフィー、俺たちゃ高いぜ?」
「あ、あんまり無茶な金額じゃないならなんとか」
「心配すんな、可愛い女の子ならキス払いも受け付けてるぜ」
「え、何それサイテー」
「嘘!? 今俺マジイケメンじゃなかった!?」
早速ギャアギャアと騒いでタフィーとの心の距離を詰めてしまっているエルに、カナメは「流石だけど……あれは真似できないなあ」と小さく呟いた。
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