ダンジョンを進もう

「このダンジョンの壁で、か……」

「おう」


 出来ないわけではないだろう。いや、恐らく出来る。

 出来る、が……先程の「光」のことを考えると、あまり試したくはない。


「出来るかもしれないけど、やめとくよ。何で出来てるかも分からないダンジョンの壁を材料にするなんて、怖いしさ」

「……それもそうか」


 エルはアッサリと納得すると、カンテラに火を入れる。


「まあ、あんなもんが出るとなるとカンテラも用意しとかなきゃダメか。火がありゃ矢を作れるんだろ?」

「あ、ああ。やったことはないけど」

「なんだそりゃ。今試しとけ」


 言われて、カナメはエルの差し出したカンテラへと手を伸ばす。

 手ではなく、魔力で触れるように意識を向け……そうして、直接は触れぬままにカナメは火を掴む。


矢作成クレスタ火球の矢ファイアボールアロー


 手の中に生まれた赤い矢を見て、エルは感嘆の声をあげ……カナメはそれをそのまま矢筒に差し込む。


「マジで火を材料にしてんだな……折角付けたカンテラの火が消えちまったぞ」


 言いながらエルは再びカンテラに火を灯しカナメに渡すと、「行くか」と呟いて歩き出す。


「しかし、二階層にあんなもんが出るとなると……色々計画練り直しだな。俺程度の魔力じゃ深い階層に潜れないかもしれねえ」

「あ、そういえばエルはどんな魔法使うんだ?」

「俺か? 基本的な攻撃と強化の魔法くらいだ。そっち方面は習うにしても高えしな」


 そういえばエリーゼが魔法屋とか言っていたな……とカナメは思い出す。

 この世界では魔法は買うものであるらしいが、結局どういう風なシステムなのかは聞かずじまいだ。


「なあ、カナメの魔法は何処の魔法屋で買ったんだ?」

「え? あ、俺のは……なんていうか、一子相伝みたいな」

「あー、そっち系か。便利だと思ったんだがなあ」


 納得してくれたらしく、エルは溜息をつきながら歩き出す。

 その姿を見てカナメは少しばかりの罪悪感が湧くが、嘘ではないし教え方も分からない。

 そもそも、教えられるものかどうかも不明だ。

 大剣で地面を突きながら歩いているエルの背を見ながら、カナメも溜息をついて。


「む?」


 曲がり角からやってきた聖騎士が、そんなエルを見て不思議なものを見る目をする。


「何をやっている? 落とし穴の罠の類はこの階には無いはずだが」


 言いながら地図を広げる聖騎士に、エルは「あー」と言いながら大剣の先を騎士に向けないように構えなおす。


「さっき、ジェリーが出たんすよ。こんな階層で出ると思わなかったんで驚いて。で、警戒してるってわけです」

「ジェリー? 第二階層でか? ……聞いたことも見たことも無いな」


 言いながら地図を広げきった聖騎士は、そのまま歩いてきてエルに地図を見せる。


「これが二階層の地図だ。此処が現在地だが……ジェリーを確認したのは何処だ?」

「えーと……階段降りて結構すぐで……この辺っすね」

「む。こんな場所にジェリーが……見たところ剣士と弓士のようだが、よく無事だったな」

「ハハッ、備えがありましたから」


 エルの言葉に聖騎士はそうか、とだけ頷いて地図を畳む。


「備えがあるのは良い事だ。君達のその備えのおかげで、今後に繋がる貴重な情報が得られた。私はこの件を地上に報告に行くが、その際に君達の事も伝えておこう。名前を聞かせて貰えるか?」

「エルです。優秀な冒険者だって伝えといてくれると嬉しいっす」

「あ、俺はカナメです」

「そうか。ではエルにカナメ、良い冒険を。ジェリーの件については我々でも調査するが、ダンジョンは何があっても不思議ではない危険な場所だ。くれぐれも気をつけて探索して貰いたい」


 そう言い残して騎士は第一階層へ続く階段の方へと向かっていき……その姿が消えた頃に、エルは顔に貼り付けていた笑顔を崩す。


「……ぶへー。愛想振りまくのも疲れるな」

「あ、今のって振りまいてたのか。自分を売り込んでるんだと思ってたよ」

「いや、売り込むのは当然だろ。名前覚えて貰えば、そのうちでかい仕事の話が舞い込む芽だってあるってもんだ」

「そういうもんか」

「おう、そういうもんだ……っと。カナメ、どうやら次のお客さんだぜ」


 先程聖騎士が歩いてきたのとは反対方向の曲がり角から、何かがカチャカチャと音を立てて近づいてくる。

 大剣を構えたエルは、先を注意深く見つめ……現れたそれに、ハッと笑う。

 たとえるなら、糸の無い操り人形。

 木製に見える関節だらけの身体を持つ、人に似せた人形。

 その顔にあたる部分には何も描かれてはいないが、それが逆に気味悪さを際立たせている。


木人形ウッドドールか。妥当なとこだな!」


 言いながらエルは大剣を槍のように構え突っ込んでいく。

 カチャリ、カチャリと音を立てながら歩く木人形ウッドドールの手には金属製の長剣が握られているが、木人形ウッドドールがそれを振るよりもエルの大剣が刺さるほうが早い。

 流石に邪妖精イヴィルズと違い、刺さっても動きを止めるようなことはなく、木人形ウッドドールは剣を振り上げるが……木人形ウッドドールに大剣を突き刺したエルは、そのまま木人形ウッドドールごと大剣を振り上げる。


「う……おらああああああ!」


 めしり、と。軋むような音がしたのは一瞬。

 バキバキと砕く音を立てながら、持ち上げられた木人形ウッドドールの身体はエルの大剣に裂かれ真っ二つになって床に落ちる。

 高い天井はエルが大剣を振り上げてもぶつかることはないが……完全に大剣を振り上げたエルは、そのまま木人形ウッドドールの手元めがけて大剣を振り下ろす。

 剣を持っていた手が砕け、剣が床を転がって……その剣以外の全てが、溶けるように消えていく。


「ま、こんなもんだな」


 そう言いながらエルは転がった剣を持ち上げ、フンと鼻を鳴らした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る