ダンジョンに入ろう

 ダンジョンの入口は、あの森の中にあったものと似ていた。

 突然そこに生えてきたような、そんな形の穴。

 内側がつるりとした奇妙な材質で覆われた、そんな入口をくぐると……急な階段が其処にある。


「一応聞くけど、明りの魔法は使えないよな?」

「え、と。使えるかどうかも分からない」

「ん。ならカンテラつけるか。魔力ももったいねえし」


 言いながら、エルはカンテラを取り出し火をつける。

 周囲を照らし出したカンテラを満足そうに見ると、エルはゆっくりと階段を降り始める。


「なんか悪いな」

「あ? 別にいいって。俺は魔力に元々そんな余裕ねえから聞いただけだしな」


 そう、魔法は工夫次第で色々な事が出来る。

 水を出す事も、火をつける事も、明りを灯す事もだ。

 多少の制約はあれど、人の限界を超えた現象を起こす魔法は、魔力さえあれば万能の力といえた。

 しかし、その魔力さえあれば……というのが問題で、冒険者のような攻撃に魔法を使う者の場合、「喉が潤った代わりに死ぬ」「明るくなった代わりに死ぬ」という事が発生しないとは言えない職業だ。

 その魔力であの魔法が使えたのに、と。そうなる事を冒険者は非常に恐れる。

 魔力を回復する魔力薬が恐ろしく高価な現状、魔力の節約は冒険者に求められる技能の一つだ。

 如何に魔力を使わず、尚且つ荷物を少なくするか。

 一見相反するような二つだが、とても大切なことだ。


「さて、と」


 ゆっくりと階段を降りながら、エルは先を照らす。

 向けた方向のみに長く光を投げかける射光カンテラだとかいうモノも英雄王の時代に作られてはいるが、なんだかんだでシンプルなカンテラが一番人気だ。

 向けた方向しか照らさないのでは照らしていない方角で何かがある可能性を排除できず、更には遠くの敵に気付かれる可能性も高くなる。

 まあ、それ以外にも普通のカンテラのほうが安くて丈夫というのもあるのだが……とにかく、そんな普通のカンテラで照らしながらエルは階段を降りきる。

 続けてカナメが降りてくると、「へえ……」という声をあげてあちこちを見回す。


「なんかこう……神殿みたいになってるんだな」


 白い石材を積み上げて作られたかのようなダンジョンの内部はまるで神殿の通路か何かのようで、そんなわけがないのだが厳かな雰囲気を感じさせている。


「まあな。モンスターの巣窟が神殿みたいってのも、なんか皮肉だけどよ」


 しかも聖都に出来るってどんな嫌味だよな、と言って笑うエルにカナメも苦笑する。

 ……確か、ヴィルデラルトはダンジョンはゼルフェクトが作ったと言っていたはずだ。

 となると……此処のダンジョンが神殿のような姿をとるのは、ゼルフェクトの悪意の証明であるのだろうか?


「さて、と……カナメ、マッピングは?」

「うぐっ、やったことない」


 どんなものかは知っている。歩いた道を紙に記して地図を作る行為であり、「あれ、ここ通らなかったっけ?」というような事態を防ぐ為の手段である。

 しかし当然ながら縮尺がバラバラであれば役に立たないだろうし、持っている紙をはみ出てしまっても意味がない。

 勿論、小さすぎて読めなければ何の意味も無い。つまるところ、マッピングとは才能と勉強と努力と経験だ。


「だよなあ。やったことなさそうだもんよ。ハハッ」


 そう言うと、エルはカンテラをカナメに渡してくる。


「んじゃ、これ頼むわ。俺がやる」

「あ、ああ」


 エルは背負い袋の中から紙とペンを取り出すと、サラサラと描き始める。


「一応警戒頼むぜ、カナメ。どうしても俺はワンテンポ遅れるからさ」

「分かった」


 任せろ、とは言わない。そんな事を言えるほどベテランではないからだ。

 しかし、やるからには絶対に結果を出すと。そんな気合を込めてカナメは周囲を慎重に見回す。

 そんなカナメの前を、エルは普通に歩きながらもサラサラと地図を描いていく。


「えーと、ここで分岐か。んー、まあ……右だな」


 言いながら右に曲がるエルに、カナメは「あっ」と声をあげる。


「ん? どしたよカナメ」

「いや、ほら。分岐でなんていうか……マークとか残さなくていいのか?」


 此処は通った……とか、そういう事を残して次回につなげるとか。そういう事を聞いた覚えがあったのだが、エルはそれに「あー」と言って頬を掻く。


「そっか、カナメは初めてだもんな」


 言いながらエルは立ち止まり、壁を手の甲でカンカンと叩く。


「ダンジョンは何処でもそうなんだけどよ。汚しても傷つけても、いつの間にか元に戻ってる。だから目印なんか残したって何の意味もねえ。どんなデカい魔力がそんなんを可能にしてるのかは、未だに不明らしいけどな」


 でもロマンあるだろ、と言って笑うエルにカナメは頷きながらも頭の中にゼルフェクトの名前を浮かべる。

 破壊神ゼルフェクト。このダンジョンは、その魔力によって出来ているという事実を再確認してしまったのだ。


「さあてっと」


 身を翻して再び先に進もうとしたエルだが……その肩をカナメが掴み、ぐいと引き寄せる。


「お、うお!? 何しや」


 何しやがる、と。そう言いかけたエルの抗議は、飛んできた矢が地面に刺さったのを見て止まる。

 同時に聞こえてくる、ギギッという低く耳障りな声。


「……邪妖精イヴィルズか。俺が突っ込む。援護頼むぜ、カナメ」

「ああ!」

「ハッ、いい返事じゃねえか! おし、いくぜえ!」


 言いながら、エルは大剣を構えて走る。

 それに合わせるようにカナメは弓を構え、風を掴む。


矢作成クレスタ逃れ得ぬ風の矢ハルティールアロー!」

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