ダンジョン前にて

 聖国のダンジョン。この世界でカナメが初めて見たダンジョンはあの森の中にあった洞窟のようなものだが……この場所では想像以上にしっかりと管理されているようで、ダンジョンの入口周辺は壁で覆われ騎士達が両側に立っているのが見えた。

 近くには騎士達の詰所らしきものもあり、更に冒険者狙いなのだろう露店が声をあげて客引きをしているのが分かる。


「なんか……観光地みたいになってるな」

「観光地同然だろーな。ある意味でこの国の収入源だしよ」


 簡単な食べ物や飲み物を売る露店に、武器や防具を売る露店。

 更には弁当や保存食を売る露店まである。

 

「さー、いらっしゃい! ダンジョン潜る前に装備の手入れ! 防具磨きに剣砥ぎ、靴の補修もやってるよ!」

「保存食はどうだい!? いざという時に力を出せるのは、やっぱり美味しい保存食! 纏め買いで割引もするよ!」

「鑑定ー! 貴方のお宝に確かな鑑定で確かな価値を! 鑑定書の発行もしてますよー!」

「マントあるよ! 快適な着心地で余裕ある冒険! 防御重視の新作も入荷してるよ!」


 聞こえてくる呼び込みの声は、流石ダンジョン前といったところだろうが……。


「ああいう露店も必死だよな。高い出店料とられてるみてえだしよ」

「聞きたくない現実だなあ」

「でもまあ、その分「絶対に売れる」店ばっかりが揃うみたいだぜ。でないと、変な店出るしな」

「ああ、売らないと損するもんな」

「一回評判落とすと次絶対売れねえからな。仕入れも本気でやってるらしいぜ」


 言いながら……しかし買わずにエルとカナメは露店の間を通っていく。

 何しろ必要なものは揃えているし、一日予定であれば手持ちの保存食で足りなくなる事はない。

 余計な荷物は余計な重量になり、動きが鈍くなる。

「必要かもしれない」と買い過ぎる事ほど愚かな事はないのだ。


「無限道具袋みたいなのあればいいんだろうけどなあ」

「なんだそりゃ」

「いや、なんかこう。別の空間に繋がってて幾らでも荷物入れられるようなものとかさ」


 エルはカナメの説明に「あー」と呟くと、再び身を翻す。


「そんなもんあったら、すげえ高く売れるな。きっと国が買いに来るし下手すると爵位までくれるぞ」

「あ、やっぱり無いのか」

「つーか、そんなもんがあるなら入国検査とかすげえ厳しくなるぜ? 下手すると人買い共が誘拐まがいの事に使うかもしれないしな」


 言いながら、エルは歩く速度を速める。


「ほれ、夢見てねえでさっさと行こうぜ」

「あ、ああ」


 エルに合わせてカナメも小走りになり、ダンジョンの受付らしきカウンターの前に辿り着く。

 どうやらそこも聖騎士の担当であるようで、豪奢な鎧を纏った騎士が座っているのが見える。

 エルはその前まで行くと、ニッと友好的な笑顔を浮かべる。


「ども。二人なんですけど」

「ああ、名前と予定の探索期間の申告を。この台帳だ」


 指で示された台帳にエルはペンでサラサラと自分の名前と日数を書き、カナメを手招きする。


「ほれ、カナメはここ。俺の下に名前書くんだ」

「あ、ああ」


 幸いにも、合間合間の特訓でカナメも自分の名前くらいは書けるようになってきている。

 なんとか、といった感じではあるがカナメも台帳に名前を書き終わり……それを回収した聖騎士がふむと頷く。


「エルとカナメ。期間は一日を予定、か。剣士と弓士だな……此処に入るのは初めてだな?」

「そうっすねー」

「よし、ならば簡単に説明をしておく。中で冒険者同士の争いは厳禁だ。話し合いで解決不能な事があれば巡回で来た騎士に申し出るか、速やかに地上に帰還し騎士の仲裁を受けること。これは聖国の法で定められており、守れないようであれば罰せられる事になる。いいな?」

「うっす」

「はい」


 エルとカナメが即座に首肯すると、騎士は頷き説明を続ける。


「今騎士の巡回と言ったが、第三階層程までは騎士の巡回がある。これは冒険初心者の保護の為でもあるが、ダンジョンの安定した運用の為でもある。何かあれば助けを求めて構わんが、騎士の妨害だけはしないように。それと当然ではあるが、第一階層より第二階層、第二階層より第三階層の方が巡回の頻度は低い。確実な助けを必要とするときは出来るだけ上の階層に上るように」

「はい」

「よろしい。弓士の君は中々真面目に話を聞いているようだな。そこの視線が何処かへ旅をしている剣士とは大違いだ」


 聖騎士の言葉にエルがギクリとするが、それに騎士はコメントせず咳払いをする。


「さて。次に探索についてだが、探索予定期間を申請してもらったのには当然ながら意味がある。理解できるかね」

「えっと……安否確認の為、でしょうか?」

「その通りだ」


 騎士はそう言うと、台帳の上のエルとカナメの名前を交互に指で叩く。


「ダンジョンは危険な場所だ。低層といえど、いつでも死ぬ危険性がある。だがそれに乗じて他者を葬るという事件が……あくまで他国の話だが、僅かながら存在する。そうしたものを含めればダンジョンに潜ること自体が死に向かう行為とも言えるが……たとえば、何らかの理由で動けなくなっているだけという可能性も考えられるわけだ」


 これも理由はたくさんある。怪我に突然の病気、毒……生きてはいるが動けない。

 そんな時に探索予定期間を大幅に過ぎる事で「何かあった」と遠回しに知らせる事が出来るのだ。


「そうした場合に、我々が救出依頼を出す事で生還できる可能性が僅かながら上がる。これは君達にその代金を負担せよという話ではないので気にする必要はないが、心配されたくないというのであれば少し探索予定期間に余裕を持たせておくのも必要な手段だ。おおよそ三日から七日前後の期間が過ぎると救出依頼が出されると思って構わない」

「は、はい。でも、どうしてそんな……その、言っちゃなんですけど国に損なような」

「そうだな……言わば君達に恩を売っている。厚遇するから、君達もこの国の為になるような発見をしてくれ、とな。君達だって、何もないよりは厚遇されたほうが「此処で探索を頑張ろう」という気になるだろう?」


 なるほど、ダンジョンが鉱山であるならば冒険者は鉱夫だ。

 より腕のいい鉱夫を呼び寄せる為に待遇を良くしている……という理屈なのだろう。


「……なるほど、理解できました」

「そうか。それと最後になるが、魔法装具マギノギアは国で高く買い取っている。見つけた場合は帰りに此処で申請してくれれば、高く買い取ると約束しよう。場合によっては追加の報酬も検討される」

「は、はい」

「よろしい、では良い冒険を」

「おーし、行くぜカナメ!」


 説明がようやく終わったと理解したエルがカナメを引きずるようにして、ダンジョンの入口へと歩いていく。

 そう、いよいよダンジョンの探索である。

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