まずは朝ご飯
朝ご飯を食べれば、いよいよエルとダンジョンに出発だ。
となれば、すぐにでも出られるようにしておくのが冒険者の基本……であるらしい。
厚手の旅人服を着て、ベルトをつけて、矢筒とナイフを下げて。
荷物袋を背負い、弓を……持とうとして、少し考える。
「うーん……」
この黄金の弓を持ち歩くのは、少し目立ちすぎる。しかし弓がなければカナメは攻撃手段をほとんど持たないし、どうしたものか。
弓に手を伸ばし、引っ込めて。
うーん……と唸っていたカナメは、ふと振り向いた先に居たルウネの姿に「うおっ」と声をあげて飛びのく。
「な、ななななな……何!?」
「おはようです」
「え、あ、ああ。おはよう!?」
突然現れたルウネに驚きながらも、カナメはルウネが持っているものに気付く。
「それって、弓……?」
「です」
ルウネの手にあったのは、古びた弓。金属で補強されたズッシリと重そうな弓だが、しっかりと手入れされており錆一つ無い。
所々に傷があるのは、使い古した証だろう。
何やら刃物を受け止めたようなへこみがあるのは……ひょっとしなくても、冒険に使っていたのかもしれない。
「その弓使うのは今は大変でしょうし、持ってきたです」
「あ、ありがとう。でもこれって……?」
「お爺ちゃんが、狩りで使ってたです。今じゃ使ってなくて、ルウネが貰って手入れだけしてたです」
「そ、そっか」
狩りに使ったものにどうして刃物傷があるのかは不明だが、まあ……考えない方がいいことなのだろう。
「じゃあ、借りて……いいの、かな?」
「どうぞです」
「うん、それじゃあ」
カナメがルウネから弓を受け取ると、想像していた通りの重みが腕に伝わってくる。
いつもの黄金弓と比べるとかなりの重量増ではあるが、持てないというほどではない。
試しに引いてみるが、使えないということもなさそうだ。
……ちなみに、まさかこっちに移ってきやしないかと壁に立てかけた黄金の弓を見るが……とりあえず、今のところその様子はないようだ。
「ありがとう、ルウネ。これ借りていくよ」
「はいです」
カナメはルウネの弓を背負い「じゃあ、行こうか」と促して部屋を出る。
そのまま階段を降りていけば其処にはすでに全員揃っていて、エルが「おっせーぞ、カナメ」と不満そうに声をあげる。
「とりあえず急かしゃしねえからよ、朝飯食え。中に入ったらゆっくり飯食う暇はねえぞ」
空いている机にカナメの分の朝食を置くダルキンに礼を言いながら、カナメは席に座る。
丸い拳大のパンが二個と、目玉焼きと……恐らくは豚のベーコン。
青々としたサラダには、何やらドレッシングのようなものがかかっているのが見える。
コップに入っている白いものは牛乳だろうが……朝食としてはかなりカナメ好みだ。
「おはようございます」と言いながらエリーゼがカップを持って隣に座るが、そこにもダルキンがさっと食事を並べていく。
エルの手前にないのは……もう食事を終えてしまった後なのだろう。
アリサやイリスは、丁度食べているところのようだった。
「いただきます」
手を合わせてカナメが木製のフォークをサラダに突き刺すと、エルが「へえ」と声をあげる。
「ん?」
「ああ、いや悪ィ。気にすんな」
「いや、気になるだろ。言えよ」
言いながら、カナメはサラダを口に運ぶ。
どうやらかかっていたドレッシングはリンゴを使っているようで、爽やかな甘さ、食感と酸味が目覚めたての体に気持ちよく入っていく。
「いや、さっきのアレ。連合の方の風習だろ? あの手合わせるやつ。久々に見たなー、と思ってよ」
「え、あ、ああ。なんかいいだろ? 食事に感謝してますって感じでさ」
「ハハッ、確かに爺さんの飯は美味かったしな! 分かんないでもねーぜ」
あまり深く突っ込まずにエルは話題を終えるが、「突っ込まれたくない」というカナメの意思をあるいはなんとなく感じ取っているのかもしれない。
短い付き合いではあるが、カナメはエルがそういう線引きが得意な男であることをなんとなく認識し始めていた。
「で、エルは剣……それでいいのか?」
目玉焼きの白身をフォークで切って口に運びながら、カナメは立てかけてあるエルの大剣に視線を送る。
魔力を微妙に感じるエルの大剣はエルの身長程もあり、ダンジョンという狭いであろう空間で振るうには不向きに見えた。
しかし、エルはそれに軽く笑って答える。
「ああ、問題ねえよ。俺の相棒は意外にダンジョン向きなんだぜ」
言いながら、エルはカナメの弓に視線を移動させる。
「お前こそ、なんか違う弓持ってるけど……まあ、仕方ねえか。つーかなんだよ、その食い方」
「な、なんだよ」
丁度黄身を残すように白身を食べていたカナメにエルが妙なものを見るような視線を向けてくるが、その隣ではエリーゼが目玉焼きを食べ終わったところだった。
「別に食べ方は人それぞれじゃありませんの」
「そうですね。ちなみに私は半熟のを割ってベーコンに絡めるのが好きです」
「私は一気に口の中に放り込む派かなー」
カナメがちらりとエリーゼの皿を覗き込むが、そこには黄身の跡はない。
ということは、エリーゼは完熟派なのだろうか。
カナメのは……恐らく見た目からすると半熟。だからこそ、こういう食べ方をしていたのだ。
「俺は……こうかな」
残った黄身と少しの白身をフォークで掬いあげ、一気に口の中に放り込む。
すると濃厚な半熟の黄身の味が口の中にトロリと広がっていく。
別に白身を否定するわけではないし美味しいとは思うのだが、この瞬間がどうにもカナメは好きなのだ。
それを味わう為に白身を先に出来る限り食べておいた……というわけなのだ。
「……いや、どう食おうと自由だけどよ」
満足そうな顔をするカナメに、エルはそう呟いて椅子に背を預けた。
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