起きないとチューするぞ

「おいーカナメ。起きろー、朝だよー」


 ユサユサと身体を揺すられて、カナメは意識をゆっくりと浮上させていく。

 意思を身体に満たし、目を開こうとして。


「起きないとチューするぞ。いいのかなー、寝てる間に奪われちゃうぞー」

「……っ!」


 思わず目を見開き、身体を起こそうとして。

 視界いっぱいに広がるアリサの顔に、思わず身体が硬直する。


「おっ、ようやく起きた。おはよ、カナメ」

「……おはよう」


 視界からアリサが消えると同時に、カナメはゆっくりと身体を起こす。

 周囲を見回しても、あの草原は何処にもない。

 此処は流れる棒きれ亭の二階の部屋で、此処に今いるのはカナメとアリサだけ。

 カナメは辺りを見回し……アリサを見て。赤くなった顔を手で隠す。


「あのさ、アリサ」

「なに? 朝ご飯食べようよ。今日はアレとダンジョン行くんでしょ?」

「いや、そうじゃなくて」

「ん?」


 全く気にしていない様子のアリサに自分が気にしすぎなのかと錯覚しつつもカナメは何とか言葉を絞り出す。


「……女の子の言うセリフじゃないだろ……」


 言いながらも顔はドンドン赤くなっていくが、アリサには気にした様子もない。


「んー。でもカナメには効くでしょ?」

「効くけど。いや、効くけどさ……俺が起きなかったらどうするつもりだったんだよ」

「どうって」


 アリサは「んー」と言いながらカナメに背を向け……振り返り、ニヤッと笑う。


「……どうしてほしかった?」


 普通に起こしてくれればいい。

 もはやそう言う気力すら尽きて、カナメは布団に潜り込んで。


「あ、こら! 起きろっての!」

「俺はもう疲れたよ……ただでさえ寝た気がしないし……」

「朝だっての! ほんとにチューするぞコラ!」


 アリサに布団を剥がされたカナメは渋々とベッドから起き上がり、アリサは布団を部屋の反対側のハインツのベッドに投げる。

 キッチリ整えられたベッドにしわが寄るが、アリサの知ったことではない。


「で、疲れたって。何があったの? まさか、またアレに行ったの?」


 神出鬼没のダルキンやルウネを警戒してだろう、アリサが微妙にぼかすが……要は無限回廊がらみではないかと心配してくれているのだ。

 おそらくはアリサが起こしに来たのもソレを可能性に入れたからだろう、とカナメはようやく気付く。


「……いや、今回は違う」

「そっか」

「でも、そうだな……アリサはヴィルデラルトって神様、知ってるか?」

「知らない。っていっても、私も全部の神様知ってるわけじゃないけど……って、まさか」

「会った。運命の神だって言ってた」


 カナメの言葉にアリサは真剣な顔になると額を指でコンコン、と数回叩く。


「ヴィルデラルト……運命の神……やっぱり知らないな。聞いたこともない。一応聞くけど、ただの夢って可能性は?」

「それなんだけど……」


 言いながら、カナメは部屋の隅に目を向ける。

 そこには、一本の弓が……あの日手に入れた、プシェル村の村長の弓が鎮座している。


「その場所で俺、弓を呼び出したんだ」

「それが夢だったなら、カナメの弓が今手元に無いのは有り得ない、か」


 更に言えば、弓が盗まれてすり替えられたという可能性も有り得ない。

 黄金の弓ならともかく、わざわざプシェル村の村長の弓の偽物を置いていく意味がない。


「……ならカナメ。弓、呼んでみて」

「え? あ、ああ」


 言われてカナメは立ち上がり、あの場所でやったように意識を手元に集中する。

 片手を伸ばし、そこに弓をイメージする。


「弓よ……来い」


 カナメの言葉と同時に黄金の光がカナメの内より溢れ出て、手元で弓の形に収束する。

 そうして現れたのはカナメの黄金の弓であり……しかし、弓は再びその姿を光に変えると村長の弓を包み黄金の弓に変える。


「……気に入ってんのかな、アレ」

「知らないよ。カナメの弓でしょ」


 言いながらも、アリサは長い溜息をつき……扉の外の廊下に誰もいない事を確認すると、扉を後ろ手に閉める。


「……で? その運命の神とやらは何を言ったの」

「俺が、レクスオールだって」


 カナメの呟きにアリサは眉をぴくりと動かすが、何も言わない。


「いや、正確にはレクスオールが死んで生まれたレクスオールの魂を持つ人間で。この世界のレクスオールの力と意思が俺を喚んだ……らしい」

「そっか。それで?」

「色々言われた。ダンジョンはゼルフェクトが作ったとか、無限回廊はその神様が作ったとか……」

「うん。それで、その神様は何かしろって言ったの?」


 なんとか伝えようとするカナメに相槌を打ちながら、アリサはそう促す。

 その辺りの問題は正直アリサの能力を超えているし、今カナメに落ち着いて話せと言っても上手く説明しきれるものでもないだろう。

 だから、今大切なのはたった一つ。

 その運命の神様とやらが、この目の前の何処までも真面目なカナメに、一体何をしろと吹き込んだのかという……ただ、それだけだ。


「俺が」

「うん」

「俺が、するべきだと思ったことをしろ……って言ってた」

「そっか」


 なら、いい。

 カナメが吹き込まれた「真実」はこれからのカナメを多少なりとも縛るだろうが……カナメの全てが一本道に整えられてしまったわけではない。

 それはカナメが選ぶべきであって、たとえ神であろうと干渉してはならないとアリサは考えている。


「なら、まずは着替えてご飯を食べるのを私は推奨するけど」

「あ! そ、そうだよな」

「下で待ってるから」


 そう言って部屋を出ていこうとするアリサに、カナメは「あっ」と呼びかける。


「ん? どしたん?」

「ありがとう、アリサ。起こしに来てくれたのが、アリサでよかった」


 その言葉に、アリサは呆けたような顔をして。


「ばーか。さっさと着替えなよ」


 そう言って舌を出すと、ドアを閉めるのだった。

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