ヴィルデラルト2

 異空のレクスオール。

 レクスオールとしてこの世界に落ちてきてしまった。

 ヴィルデラルトの言葉に、カナメは混乱する。


「待ってください。この世界に俺を呼んだのは、この世界の……えっと「前のレクスオール」なんですよね?」

「ああ、間違いないね」

「でも、レクスオールは死んでて俺になってて……なら、俺を呼んだレクスオールは一体何なんですか?」


 それは、あまりにも当然すぎる疑問。

 カナメがレクスオールであるならば当然この世界にカナメが来る前にはレクスオールは居らず、それがカナメを呼んだという矛盾。

 しかし、ヴィルデラルトはアッサリとそれに答える。


「この世界に満ちるレクスオールの力と意思だよ。そうだね、あえて「彼」と呼ぼうか……言うなれば、肉体を失い尚世界を守ろうとする彼が、君を欲したのさ」

「それって……」

「肉体を持つ者にしか、出来ない事がある。僕がこんな所で未だに生きているように、君にも彼は何かを期待したんだろうさ」


 それが何かまでは僕には分からないがね、と言ってヴィルデラルトは笑う。

 だが、その言葉で……カナメは、エルの言葉を思い出す。

 目標。カナメが目指すべき、目標。


「その何かが……俺の、するべきこと?」

「さあね。そればかりは、僕にも分からないよ」


 肩をすくめるヴィルデラルトに、カナメは顔をあげてその目を正面から見つめる。


「……貴方が運命の神だというのなら、教えてください。俺の、俺の運命は……」

「おおっと、待った。待ってくれ。だから運命の神というのは語弊があるんだ。生きとし生けるものの運命を僕が知っているかのように思ってもらっては困る」

「え、でも」

「あくまでそう名乗るしかない能力を持っている、ということさ。僕の能力は正確には、過去と未来を少しばかり知ること……そしてそれを他人に教えてやることだけだ」


 過去と未来。それはつまり。


「無限回廊……! じゃあ、あれは貴方が」

「ああ、基本的には僕が創った。だが無限回廊は正確にはあらゆる神々による合作だ。今の僕は、単なる管理者に過ぎないよ」


 それでも僕が死ねば消えてしまうがね……とヴィルデラルトは自嘲する。


「それ故に、僕はあの戦いにも参加せずこうして生き続けている。無限回廊を後の世代の人間達に残す為にね」

「……それは、この世界を導くため、ですか?」

「それもある。だがもう一つ大きな理由がある」


 そう、それが全ての神々が死を覚悟した中で、ヴェルデラルトのみが残された理由。


「ゼルフェクトに対抗する為さ。無限回廊さえあれば、神々無くとも人がゼルフェクトに対抗できるかもしれない。その為に僕はこうして生きている」

「え、で、でもゼルフェクトは死んだんじゃ」

「死んでいない。恐らくそうであろうとレヴェルが予測していた通り、ゼルフェクトは今も生きているんだ」


 数万、数億、数兆。数え切れぬ程の微塵の欠片に砕かれ。地の底に封印されて尚、ゼルフェクトは世界の破壊を夢見ている。

 地の底からダンジョンという形で芽吹き、この世界に復活しようとしているのだ。


「ダンジョンが……」

「人間がダンジョンに潜るのは正しい。それは間違いなくゼルフェクトの力を削り、その復活を遅らせる」


 そして潜らなければゼルフェクトの意思と力は増し、地上に溢れる。

 つまりは……それが「決壊」の真実なのだ。


「だが危険な道でもある。ゼルフェクトの欠片がダンジョンという形をとるのは、恐らくは人間を誘き寄せ……その欲望を、怒りを、悲しみを喰らい、混沌を自らの内に満たす為だろうからね」


 たとえ人がその真実に気付こうと、ダンジョンの中には魅力的な宝が眠っている。

 人の欲望を刺激し、満たすに足る……魔法装具マギノギアを中心とする失われし遺産や宝物の数々。

 遠慮している間にそれを無事に取って帰る者がいるならば、誰がダンジョンに潜る事を躊躇するだろうか?

 元々そうしなければならないのは確かだ。

 だが魅力に溢れ、国同士が「鉱山」とまで呼び奪い合うダンジョンは……それに足る実力を持たぬ者を命ごと飲み込んでいく。

 たとえ実力的に足る者がいなくとも、放置すれば決壊を起こし侵攻が起こる。

 故に誰もが使命感という輝ける御旗に導かれダンジョンへと潜っていくのだ。

 誰かがやらねばならぬ。

 ならば俺が、俺こそが。


 ある者は正義に燃えて。

 ある者は欲望を滴らせ。

 ある者は愛ゆえに。

 ある者は友の為に。


 そうして、ダンジョンは今この時も命を飲み込み続けるのだ。

 そうしなければ全てが滅ぶのだと……そんな呪いを、世界中にかけながら。


「無限回廊があれば、何処かの誰かが危機に気付き回避する。たとえそれに失敗するとしても、別の誰かが。それに失敗しても、別の誰かが。僕達が直接助けることはもう出来ないから……そうして託す事が出来る、というのだけが希望だったのさ」

「なら、俺は」

「想像でいいのなら、僕にも語れる。だが、そうするべきじゃないとも思っている。君が、君がそうするべきと思う事を為すべきだ」


 その言葉と同時に、カナメの視界が歪む。

 世界が……いや、カナメが歪んでいるのだ。


「……どうやら、時間のようだね。君の今いる場所は、僕達との繋がりが濃い場所だ。ひょっとしたら」


 そんなヴィルデラルトの言葉が終わるより前に……カナメの視界は、暗転した。

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