ヴィルデラルト
「運命、の……」
「ハハ。運命の、と言うのも語弊があるのだけれどね。なにしろ、僕達でさえそう呼称する以外に適当な表現が無かったんだ」
運命。運命という言葉は、カナメも知っている。
運命の人だ……とか、これも運命だった……とか。そういう「定められていたこと」といった意味で使われていたはずだ。
何に定められていたのか。運命という言葉を気軽に使っていても、それを定めたものが如何なるモノであるかまで気にする者はいないし、カナメもこの世界に来るまではそうだった。
運命の神。このヴィルデラルトと名乗った青年がそうであるならば。
この世界に最後に残った神が、ヴィルデラルトであるというのならば。
「貴方が……俺をこの世界に呼んだんですか?」
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるね」
返ってきたのは、肯定と否定の両方。
それの示す意味をカナメが考え言葉を出せないでいると、目の前のヴィルデラルトが苦笑する。
「ああ、すまない。つまり、なんと言えばいいのかな……君を呼んだのは確かに僕の力なんだが、僕の意思ではないんだ」
「ええっと、それは……どういう」
「ちゃんと説明しようと思えば長い話になるんだけど……うーん。端的に言えば、君をこの世界に呼んだのは「この世界の君」ということになるのかな?」
言った後に、ヴィルデラルトは「ああ、やっぱりこの説明も違うな」と首を横に振る。
「上手い説明が見つからないな。こういう時、ディオスだったら上手く説明できるんだけど」
うーん、と悩みながら天を仰ぐヴィルデラルトにカナメはなんと声をかけたらいいのか迷っていたが……やがて、思いついたように口を開く。
「あ、えっと。つまり、貴方の力を使って誰かが俺を召喚したってことですよね? え、英雄王……みたいに」
「英雄王? ああ、いつかの彼か。違うよ? 彼は間違いなく人が望んだ英雄で、それにアルハザールの力が応えた稀有な例だ。まあ、そこに僕の力が多く使われた事実は否定しないけどね」
言いながら「ああ、そうか」とヴィルデラルトは何かに納得したように頷く。
「つまり、まずは君自身について語らなければいけないんだったね」
「俺、は」
「君は、レクスオールだ」
レクスオール。そういえばレヴェルもカナメのことを「新たなるレクスオール」と呼んでいたなと思い出す。
「あ、あの。レヴェルも俺の事を「新たなるレクスオール」って言ってましたけど、俺は」
「そうだね。カナメ君にはカナメ君として生きた記憶がある。君自身の人生がある。だからこそ、レヴェルの反響も君を別人として扱ったのだろう」
言いながら、ヴィルデラルトはカナメを見下ろす。
その優し気な瞳は何も変わらず、しかし吸い込まれそうな紫色はカナメの全てをバラバラに分解して解き明かしてしまいそうな想像すら湧き起こさせる。
「だが君はレクスオールだ。その事実に変わりはない」
「あ、あの! レクスオールは……」
「死んだよ。破壊神ゼルフェクトとの戦いで死んだ。死んで尚、その力はこの世界を守護しているけどね」
「なら、俺は」
「君は、レクスオールの……んー、そうだな。その前に」
言いながら、ヴィルデラルトはカナメに「弓を出してくれるかい」と要請する。
「え、と。弓……」
出来ると分かってはいるが、まだカナメの意思で弓を呼んだ事はない。
どうにも先程の失敗がチラつくのだが……ヴィルデラルトはカナメをニコニコと見守るばかりだ。
やってみるしかない。
やがてそう覚悟を決めたカナメは数歩下がると、片手を空中へ伸ばし集中する。
イメージするのは、弓。もう見慣れた派手な……黄金の弓。
「……来い」
イメージする。
欠けた……歪な月。あの赤い夜を終わらせた、レクスオールの弓。
輝けるその姿を、カナメは明確に描く。
「弓よ……来い!」
そしてそのイメージは、現実に描かれ顕現する。
カナメの内から、中へ。
溢れ出る魔力の光は歪な弧を描き、黄金の輝きを形成する。
歪な月は、その手の中に……確かに、弓として確かな重みをカナメに伝えてくる。
「……出来た」
安心したようにふうと息を吐くカナメにヴィルデラントはパチパチと拍手をしながら「よく出来ました」と微笑む。
「間違いなくレクスオールの弓だ。僕が保証しよう」
「で、でも! 俺とレクスオールは違うってレヴェルは!」
「違うとも。君には君の積み重ねた人生がある。当然、レクスオールでは実現しえない魔法も君は扱える。それは君の魂がレクスオールと同一でありながら、違う経験を積んだものであるからだ」
分からない。つまり、ヴィルデラントは何を言いたいのか。
「分からない、という顔だね。僕もようやく相応しい言葉を見つけることができた。そう……レクスオールが死んで、君が生まれた。君は、レクスオールの生まれ変わりというべき存在なのさ」
「生まれ、変わり……それじゃ、俺は」
「いいや。君は間違いなく人間さ。前のレクスオールとは確実に別人だ。だがそれでも、君以外にレクスオールは存在しえない」
此処とは決して繋がらないはずの世界。
異なる空の下で生まれ、育って。
それでも、この世界へ……この空の下へ引き寄せられてしまった、唯一たるレクスオール。
「だから僕は君を、こう呼ぼう。二度と会えぬはずの我が友であり、友ではない者。レクスオールとしてこの空の下へ落ちてきてしまった、出会わぬはずの君。ようこそ、異空のレクスオール。君と出会ったことを呪い、そして祝福しよう」
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