エルと……ダンジョン?

「俺と、エルで……ダンジョン?」

「おう。出来るのは今だけだろーしな」


 軽い調子で言うエルに、カナメは振り返ってアリサ達を見た後に、再びエルへと振り向く。


「皆で、だよな?」

「違ぇよ。俺とお前でだよ」


 肩をすくめるエルに、カナメは「えーと……」と言いよどむ。

 正直、不安定な今の状況で仲間とあまりバラバラになるのはどうかと思ったのだが……意外にもアリサから「いいんじゃない?」という意見が出てくる。


「あ、アリサ?」

「別にいいでしょ。どうせ暇なんだし、カナメもダンジョンを経験しとく良い機会だよ」


 サクッと言うが、カナメとしては少しばかりの不安もある。

 それは仲間への依存なのかもしれないが……エルを心のどこかで信用していないのかもしれない、とも思ってしまう。

 だからカナメは少しの迷いの後、それを振り切るように「そうだな」と答える。


「うし、じゃあ明日の朝から行くか」

「え、今からじゃないのか?」

「何言ってんだ。これから風呂行こうってのにダンジョンなんか潜ってられるかよ」


 やれやれ、といった様子のエルにカナメは「そうだな……」と力なく頷く。

 いきなり肩透かしをくらった気分ではあるが、まあ正論ではある。


「で、でも。ダンジョンに二人では危険じゃありませんの?」

「問題ないかと思いますよ」


 心配そうに言うエリーゼに、カウンターからダルキンがそう答える。


「そこの彼はそれなりの実力のようですしな。そもそも、そこまで深く潜るつもりもないのでしょう?」

「おう。まあ、お試しってことで……野営することにならない程度で切り上げるつもりだぜ」


 だから大体半日で進める程度の距離だな、と言うエルにエリーゼは「まあ、それなら……」と渋々ながらも頷く。

 そもそもエルが信用できるのかという問題については、ハインツが何も言わない事からエリーゼは心配していない。

 エルが危険ならば、とっくにハインツが耳打ちしてきているはずだからだ。

 

「んじゃ、アリサちゃん達の了解もとれたってことで……風呂行こうぜ、カナメ」

「え? あ、じゃあ皆」

「ばーか、男同士の作戦会議だよ! さっさと行くぜほら、荷物持って来い!」


 早くしろ、と急かすエルにカナメはアリサ達に「ごめん、行ってくる」と頭を下げて階段を上り自分の部屋の洗い布などの荷物を一通り袋に入れると、エルと共に流れる棒切れ亭を出る。

 建物の外に出て、ドアを閉めて。


「うし、行くか」

「あ、ああ」


 同じように軽めの荷物袋を持っているエルについていくように、カナメは歩き出す。


「風呂屋の場所なんて、エルはもう把握してるんだな」

「ん? まあな。ていうか基本だろ。ダンジョンで汚れた後に風呂に入りたいと思うのは当然の欲求だしな」

「あー……そっか」


 まさかダンジョンの中にお風呂があるわけもないし、綺麗で塵一つないダンジョンというものがあるわけもない。

 まあ、カナメはダンジョンに入ったことがないのでイメージではあるのだが……おそらく間違ってはいないはずだ。

 そのままなんとなく無言になり……日が暮れてきた町の中を、エルとカナメは歩く。

 

「なあ、カナメ」

「え?」


 カナメの先を歩いたまま、エルは突然問いかけてくる。


「お前さ、何か目標ってあるのか?」

「目標?」

「ああ。なんかあるだろ。英雄になりたいとか、金持ちになりたいとかよ」


 問われて、カナメは考える。

 英雄になりたいかと言われると、答えは否だ。

 そんなものになってどうするのか、カナメには答えられない。


 金持ちになりたいかと言われると、やはり答えは否だ。

 お金があっても困らないのは知っているし、むしろ無いと困るが「お金持ちになりたい」という欲求はまた別だ。

 

 ならば、何になりたいのか。何がしたいのか。

 短期的な目標ならいくらでもある。

 アリサのように飄々と色んなものをこなせるようになりたいし、もっと頼れる自分になりたいと思っている。

 しかし長期的な目標となるとどうか。

 考えた末に、カナメは一つの答えを絞り出す。


「……立派になりたい、かな……?」

「ふわっとしてんなあ」


 苦笑すると、エルは止まって振り返る。


「俺は英雄になるぜ、カナメ」


 そう言うエルの瞳には、真剣な色が宿っている。

 普段の茶化すような、飄々とした雰囲気は無く……本気の宣言であることがカナメにも理解できた。


「英雄……」

「俺は一冒険者で終わるつもりはねえんだ。名を上げるつもりで冒険者になったんだからよ」

「そ、うなのか」

「ああ。俺は絶対に英雄になる。英雄になって……」


 そこまで言って、エルは黙り込む。

 何かを何度か言いかけて、しかし黙り込んで。

 それを何度か繰り返した後に、エルは軽く頭を掻く。


「……ま、なんだ。カナメ、お前もさ。目標は決めておいたほうがいいぜ。でないと、気付いたら道が一つしか見えなくなってるってのも……まあ、よく聞く話だしよ」

「それって」

「俺の話じゃねえよ。よくある話だろ?」


 言いながらエルは再び歩き出すが、なんとなく「嘘だ」とカナメは直感する。

 今のはおそらく、エル自身の話だったのだ。

 しかし、今は話すまいと結論してしまったのだろう。

 そしてそれは恐らく、エルの触れられたくない何かに繋がっている。


 だから……カナメは「そうだな」とだけ呟いて、エルの後を追った。

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