エルの帰還2

 エルの恰好は、一言で言うと汚れている。

 ボロボロという程ではないが、「何かあった」のが一目瞭然である。

 まあ、仲間と一緒にダンジョンに行ったのかもしれない……が、どうにも違う気がしたのだ。


「んー……まあ、あったか無かったか、でいえば「あった」んだけどな」


 エルはそこで一拍置くと「バーツって奴覚えてるか」とカナメに問いかける。

 

 バーツ。聞いたことがあるような無いような、何とも微妙なところだとカナメは記憶の糸を辿る。

 バーツ、バーツ。何処で会ったのだったか。

 プシェル村の村長の名前だっただろうか?

 それともレシェドの街の騎士団長の名前だろうか?

 いやいや、そんな連中の名前をエルが「覚えてるか」と切り出すはずもない。


「えーと……ごめん。記憶にない」

「おう、そんな顔だな。アレだよ。俺とか爺さんとかが来た時に倒れてた奴」

「……あー」


 そこまで言われて、カナメはようやくバーツなる男の顔をぼんやりと思い出す。

 覚えている。確かアリサに股間を蹴り抜かれた可哀想な男だ。

 残念なことに、アリサが股間を蹴り抜く姿ばかりが強烈に焼き付いてまともな顔を思い出せないのだが。


「覚えてる。あの蹴られた人だよな。あの人がどうかしたのか?」

「どう、っつーかな。今、町中をレクスオール神殿の神官連中が回ってるんだよ」


 それはカナメも知っている。「黄金の弓を持った男」の事を触れ回っているのだ。

 しかし、どうバーツの話と繋がるのかは分からない。


「で、だな。あのバーツって奴、どうにもパーティから全員抜けちまったらしくてよ。レクスオール神殿の連中の話に乗っかって、お前の悪評触れ回ってやがるんだよ」

「え。パーティが……っていや。なんでそれで俺の悪口に?」

「ほれ、あれだよ。「俺はアイツを知ってる。極悪人だ。でも俺がいれば安心だ。俺は強い。組もうぜ」ってやつだよ」


 その光景が想像できて、ダルキンやハインツを除く全員が「うわあ」と呟く。

 人をダシにするのもどうかと思うが、どう安心か全く分からない。

 パーティのリーダーをやっていたくらいだから腕は立つのだろうが、「股間を蹴られて悶絶した男」という記憶しかない。


「で、それにのった奴いるの?」

「気の弱そうなのを数人集めてたな。たぶん断り切れなかったんだろ」

「え、止めなかったのか?」

「止めてどうなるよ。無理矢理ってわけでもないのに干渉したら、俺が悪者だよ」


 肩をすくめるエルにカナメは反論できずに黙り込むが、しかし何かに気付いたように口を開く。


「あれ。てことは、その件はエルが何か被害を被ったってわけじゃない……のか?」

「ん? まあな。その後、後ろから蹴りくれてやったんだけどよ」

「えっ」

「面白かったぜ。思いっきり転びやがったし。やっぱ喧嘩ってのは初めが肝心だよな」

「あー、分かる」


 アリサと頷き合うエルにカナメは絶句した後「え、いや。なんで蹴りなんか……」と呟く。

 気の弱そうな人をパーティに入れるのは、エル的には問題ない。

 なら、何が問題なのか……考えるまでもない。


「まさか、俺の為に怒ってくれたのか?」

「気持ち悪ぃ事言うなよ。ゾワッとしたぞオイ」


 自分を抱きしめるようにしてブルブルと身体を震わせたエルは「別にお前の為じゃねーよ」と続ける。


「単純に俺が気に入らねえんだよ。本人のいねえ処でああいう事やってる野郎がよ」

「……そっか」

「おう」

「でもありがとうな、エル」

「だから気持ち悪ぃって」


 エルはそう言うと一瞬黙り込み……しかし、すぐに口を開く。


「まあ、そんなわけでよ。すっかりナンパし損ねたぜ」

「はは……ていうか、ナンパって。仲間探しだろ?」

「変わんねーよ。俺は可愛い女の子を仲間にしたいんだ」


 一点の曇りもない目で言うエルにカナメはどう答えたものか分からず黙り込み……すぐに自分の現状に気付いて目を逸らす。

 アリサ、エリーゼ、イリス、そしてルウネ。

 全員疑いようのない美少女というこの現状なカナメに、エルの今の言葉に何かを言う権利があるのかどうか。

 何を言ったところで「お前に言われたくねーよ」になるのは必至だ。

 いや、というよりも。

 そうはなるまいと誓った英雄王に物凄く今の自分は近いのではないか。

 気付いたカナメに一筋の汗が流れ……そんなカナメにエルは気付かないまま「あーあ」と呟く。


「おかしいよな。今日中に俺は女の子で一杯の夢のパーティを作るはずだったのによ」

「おかしいのはアンタだと思うけど」

「あ、あはは……エルはなんていうか、もっと強そうなパーティ作るんだと思ってたけどな」


 アリサの冷たいツッコミにカナメが慌ててそんな発言を重ねて。エルは「ん?」と首を傾げる。


「ほら、大きな鎧でがっちり固めた戦士とかさ。ベテランの老魔法つか……魔法士とか。そういう如何にも「強いです!」って雰囲気出てるやつ、とか?」

「え……いや、お前。そりゃ英雄譚の読みすぎだろ……」


 何言ってんだこいつ、という目で見てくるエルにカナメは黙った後……天井を見上げ、ゆっくりとエルに視線を戻す。

 なんと言うべきか、それはすでに決まっている。


「お前に言われたくねーよ」


 同時に立ち上がった二人はそのまま歩み寄ると、無言で胸倉を掴み合うのだった。

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