エルの帰還
「そうと決まれば、後で認定受けてくるですよ」
カナメに正面からぎゅっと抱き着くルウネに、カナメは「え」と声をあげる。
「此処でセラトさんに認定して貰うわけにはいかないのか?」
此処にはヴェラール神殿の神官長であるセラトがいるのだし、ルウネのメイドナイト認定が「保留」であるというのなら、そうしても構わないのではないだろうか、とカナメは思うのだが……ルウネに「ルール破りはダメです」と窘められる。
「メイドナイト、そしてバトラーナイトの認定はこの聖国のヴェラール神殿にて行う。これは絶対の決まりだ。新しく誕生する時には鐘も鳴らさねばならんしな」
「なんでまた……」
「新たな旅立ちを祝福する為、とされている。事実は違うだろうがな」
鐘が鳴れば、メイドナイトあるいはバトラーナイトが誕生したという証。
となれば鐘が鳴ると同時に彼等を雇いたがっている者達はヴェラール神殿に詰めかけるだろう。
その中に主人と見定める者がいるならば、わざわざあちこち放浪する手間も省ける……というのが実際のところだろう。
いわば、メイドナイトやバトラーナイトの手間を省く為にわざわざ鐘を鳴らしているのだろうとセラトは説明する。
「ああ、そっか。あの神殿の周辺に居る人って、そういうのでスタートダッシュしたい人達だったのか……」
「それだけではないだろうがな。フリーのメイドナイトやバトラーナイトが何らかの用事でヴェラール神殿に来ることもある。そういうのを狙って交渉しようとしている連中も多い」
「気長だねえ」
「他よりは確率が高いのは確かだな」
アリサの呆れたような呟きにセラトはそう答え、椅子から立ち上がる。
「さて、俺はそろそろ神殿に戻るとしよう。ルウネ、いつでも来るといい」
「はいです」
実に無駄のない動きでセラトはカウンターに硬貨の入った袋を放りドアの外へと出ていく。
すると其処にはすでに一人のメイドナイトらしき女が控えており、カナメ達に目もくれずにドアをそっと閉めていく。
たったそれだけの事で、室内から奇妙な緊張感が消えてカナメがほうっと息を吐く。
「……なんかこう、雰囲気のある人だったな」
「暗殺者じみてるよね」
言葉をぼかしたカナメにアリサが即座にストレートな感想で応え、カナメはダルキンに視線を向けようとして……そこで、自分に抱き着いたままのルウネに視線を向ける。
「あ、ごめん。そろそろ離れてもらえると……」
「むう。照れもしないです。意外に女慣れしてるです?」
「え、あ、いや……」
女慣れがどうのというよりも、なんとなく「そういう対象じゃない」と自分の中でカテゴライズされているからのような気もするなあ……とはカナメも流石に言わない。
一人っ子ではあったが、妹がいたらこんな感じかなあ……とか、そういう視点が混ざっているのも否定はできないだろう。
とにかく、そんな微笑ましい気持ちであったのだ。
「どれどれ?」
「うわあっ!?」
アリサに横から抱き寄せられたカナメが顔を真っ赤にして声をあげると、背後にいたエリーゼが立ち上がって二人を引き剥がす。
「二人とも……少しはしたないんじゃありませんの?」
「怒ったです」
「ならエリーゼもやればいいじゃん」
ねー、と頷き合い息の合った連携をみせるアリサとルウネに、エリーゼは顔を赤くして「出来るわけないでしょう!」と叫ぶ。
「あ! い、今のはカナメ様が嫌とかそういうわけではありませんのよっ!?」
「え、あ、ああ」
慌てて言い訳するエリーゼにカナメは頷きながら、やはり顔を赤く染めて頬を掻く。
直接的なのも困るのだが、これはこれで反応に困る。
そういうのをいなすにはカナメには絶望的に経験が足りず、初見でそれを出来るほど器用でもない。
なんとも微妙な雰囲気になった空気をどうにかしようとカナメは口を開きかけ……しかし、ドアの開く音と共に「うへー。ただいまー」という何とも気の抜けた声が聞こえてくる。
その気の抜けた声の主は顔を上げてカナメを見るなり、げんなりとした表情になる。
「うへえ……またモテてやがる。なんだこれ、愛の神カナンの祝福は俺の分までカナメに流れてんのかよ」
「いや、そういうのじゃないから」
「へいへい。爺さん、茶くれー。銅貨一枚な」
「水でも飲めばよろしいかと」
カウンターに座るエルに水を出すダルキンに、エルは文句を言わずそれを飲み干す。
ぷへー、などと妙な声をあげているエルにカナメは話題が変わったことを察し「あ、おかえり」と声をかける。
ルウネも空気が変わったことを素早く察したのかカナメから離れて何処かへ行ってしまっているが、まあ気配が読めないのはハインツで慣れっこではある。
「意外と早かったな、エル。もっと時間かかると思ってたけど」
「あー? まあな。つーか上手くいかないもんだなあ、やっぱ」
肩をゴキゴキと鳴らすエルにカナメは「そっか」とだけ答える。
何をどう言っても「違う」ような気がしたから、そうやって流すしかなかったのだが……そんなカナメにエルは振り返り視線を向ける。
「んだよ、もっと突っ込んで聞いてくるかと思ったのによ」
「え、聞いていいのか?」
「話して楽しいもんでもねーけど、この手の話は空気読んでちゃ情報入らないぜ?」
「む……」
遠回しに遠慮するなと言われて、カナメは一瞬黙り込む。
しかしここで無言になってしまうのもエルの気遣いを無駄にする行為だ。
だからこそ、カナメは「じゃあ……」と再度切り出す。
「何かあったのか? どうにもそういう雰囲気だけど」
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