ルウネ2

「……俺は」


 考える。カナメがメイドナイトを……ルウネを必要とする理由。

 いや、違う。

 カナメが此処に来ようと思った理由。

 メイドナイトが、バトラーナイトが必要だと思った理由……それは。


「俺は、師匠が欲しいんだと思う」

「師匠、ですか?」


 首を軽く傾げてみせるルウネに、カナメは頷く。


「ああ。俺……色々とダメだからさ。もっともっと、頑張らないといけないんだ。でも、俺一人じゃ間違えるかもしれない。アリサやエリーゼや……イリスさんに頼りきりになるのも間違ってる」

 

 それでは、いつまでたっても「仲間」とはいえない。

 頼るのはいい。でも、頼られないといけない。


「だから……えーと」


 そこまで言って、カナメはルウネを上から下までじっと見る。

 カナメよりも小さくて、カナメよりも細くて。

 こんな子に「師匠」と頼るのは、はたして正しいのか。

 能力的に正しくても、人間倫理的にどうなのか。

 そしてそれは「カナメの持つ理由」と合致しているのか?


「その……なんだろう。選んでくれたのは嬉しいんだけど」

「逃がさないです」


 カナメがその先を言う前に、ルウネはカナメにがしりと抱き着く。

 幸いにも二人が椅子から転がり落ちる事はなかったが、カナメの背中に押されたアリサが「おっと」と声をあげる。


「そういう馬鹿みたいに真面目で誠実なところ、ルウネは好きです。絶対カナメさんを主人にするです」

「え!? そ、そこなのか!? そんなの簡単に変わるものじゃないのか!?」

「カナメさんは無理です。ルウネには分かるです。変わろうとしても変われない、そんな人です」

「え、ちょっと。それはそれで困るんだけど」

「ルウネは困らないです」


 お前は成長しないと言われたようで反論しようとしたカナメだが、抱き着いてくるルウネが全く剥がれずにそれどころでは無くなってしまう。


「と、とりあえず離れて……」

「ルウネの秘密を聞いといて用が済んだらポイとは外道です。外道を目指すですか」

「え、ちょ、違……」

「まあ、冗談はともかくです」


 エリーゼが引き剥がすべく介入しようとしたタイミングで、ルウネはパッとカナメから離れる。


「師匠と頼るなら、やっぱりルウネがいいと思うです」

「いや、ルウネの能力を疑ってるわけじゃないけど……」

「カナメさんは、とりあえず女の子には基本的に優しい人だと思うです」


 まあ、その通りなのだが……これに頷くとなんだか女たらしっぽくてカナメは黙り込む。

 しかし無言というのも失礼な気がして「えーと……」などと呟いてみるが、見透かしたようにルウネはニッと笑う。


「たぶん、カナメさんの言うような「頼れる師匠」のような人はカナメさんには合わないです」

「な、なんでだよ」

「依存するからです」


 ルウネの指摘にカナメは「うっ」と唸る。

 依存。それは先程セラトも言っていた言葉なだけに、カナメにはよく刺さる。


「具体的には、精神的にその人に依存するです。あの人ならこうする、あの人ならこう言う……そうやって、最終的にはその人の劣化版になるです」

「そ、そんなことは」


 ない、とは言い切れなかった。

 今でもカナメは「アリサのように」と思うことが何度もある。

 アリサにはなれずとも、そういう風にカッコよくありたいと思っている。

 だが、それの何がいけないというのか。

 劣化版ではなく、超えることだって出来るはずではないのか。


「カナメさんの弱点は。その自信の無さ、です」

「うぐっ」


 それもまたセラトに言われたことだ。というよりも、セラトとの会話の中でルウネに完全に見抜かれたのかもしれない。


「自信がないし素直だから、教えられた事を凄く良く吸収するです。でも、それを聖典みたいに大事に抱え込むから発展が無いです。「師匠」なんていう聖典を抱え込んだら、きっとそこがカナメさんの最高値になるです」


 馬車の操縦教えた時で明らかです、と言うルウネにカナメは反論の言葉一つでない。

 否定できない。全く否定できないのだ。

 反論したくとも、する材料が全くない。


「だから、ルウネがいいです」


 ルウネはそう言うと、カナメの手を取る。


「カナメさんは優しいから。絶対にルウネに守られるだけなんてものを、良しとしないです。さっき自分で言ったみたいに「頼りきりになるのは間違ってる」と考えるです」

「それは……当然だよ」


 当然と思わない人間は多い。

 従者だから、自分より下の人間だから。

 だから、自分を守るのは当たり前だと。その能力は自分を守る為のモノだと。

 お前よりも俺が上なのだと。やらせてやっているのだと。

 そういう考え方をする人間は山のようにいるのだ。


「だから、カナメさんはルウネの劣化版にはならないです。カナメさんの信念にかけて、カナメさんはルウネを超えようとする、です」


 そうなる主人を見るのがメイドナイトとしての喜びです、と。そう言って見つめるルウネに、カナメは自分の中で何かがカチリと嵌ったような感覚を味わう。


「……ごめん、ルウネ」


 ぽつりと呟くカナメに、ルウネは疑問符を浮かべて首を傾げる。


「俺は、ルウネを馬鹿にしてたんだな」

「カナメさん?」


 ルウネの手を、カナメは自分からぎゅっと握る。


「ルウネが可愛くて小さい女の子だから。自分より凄いって分かってても「頼ったらいけない」なんて傲慢なこと考えてた」


 人間倫理的にどうなのか……など、なんという傲慢か。

 なんという自信過剰だろうか。

 自分一人ではこの世界で生きていけるかどうかも怪しいヒヨコの分際で、一体何をそんなに驕っていたのか。


「俺は、ルウネにお願いするべきだったんだ。絶対に君を超えてみせるから、それまで俺を助けてくださいって」


 間違えていた。

 ルウネの言う通り、依存しようとしていたから間違えた。

 だからこそ、手を差し伸べたルウネの手をとらない事を選ぼうとしてしまったのだ。


「ルウネ。俺からお願いするよ。君が誇れるくらい立派な俺になってみせるから……だから、俺のメイドナイトになってほしい」


 喜んで、と。

 ルウネはそう言って、満面の笑顔を浮かべた。

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