神官長セラト2
カナメの言葉にセラトはほう、と短く呟く。
「随分と面白い事を言うな。守られるような価値のある自分になる覚悟、だと?」
カナメの言葉は、普通の人間がメイドナイトやバトラーナイトを求める理由とは随分違っていた。
たとえばセラトは、彼等に選ばれる者は「守られるに値する何か」を持っている者だと考えている。
実際メイドナイトやバトラーナイトも「自分が守るに値する何か」を主人と見定めた者に見出しており、それ故に従うのだ。
これは「事実」だが、メイドナイトやバトラーナイトを求める者達には少し違う解釈がある。
彼等に選ばれるということは、それだけの価値がある「特別な人間」であるということだ。
つまり、彼等を従える事で自分の価値を証明する事が出来る……とまあ、こういう感じである。
実際、メイドナイトやバトラーナイトを従える事は上流社会においてはステータスと成り得るものだ。
我こそ最高の従者を従える価値ある人間である、と。そういうことを主張したい連中は、それこそ夜空の星の数ほどにいる。
だがそれは言ってみれば、メイドナイトやバトラーナイトを自分の価値を証明し彩る勲章か何かと勘違いしているに過ぎない。
そんな中身のない根拠を求める人間に彼等が従うはずもなく、またそういった者は大体「向こうから自分の元に来るべき」と思っているので遣いの人間を聖都へと寄越しているわけだ。
……故に、いつまでたっても主人の元に戻れず無能呼ばわりされる可哀想な遣いの者達が聖都にいるわけだが、それは主人の無能の証明とも言える。
さて、ではそれと比べてカナメの今の言葉はどうか。
カナメは今、覚悟と言った。
守られるような価値のある自分になる覚悟。
メイドナイトやバトラーナイトという最高の従者に選ばれる事を自分の価値の証明とするわけではなく、それ故にセラトはカナメの言葉を「面白い」と評したのだ。
「あくまで仮定の話だが……彼等に選ばれたならば、それで君の価値の証明はなされたと考えていい。一体、何処に「覚悟」が必要だというのだ?」
「だって、選ばれたら……あ、もしもの話ですけど」
「ああ」
慌てたように付け加えるカナメに、セラトは頷く。
恐らくは自意識過剰と思われるのを恐れたのだろう……などとセラトが思っている間にも、カナメは言葉を紡ぐ。
「その人は、セラトさんが言ったように俺に「価値がある」と思ってくれたってわけですよね」
「ああ。そしてメイドナイト、あるいはバトラーナイトは自分の信じた輝きの為に命を懸けるだろう」
「だからです」
「ん?」
カナメの自信なさげだった瞳が急に力を増した事に気付き、セラトはカップを持ち上げようとしていた手を止める。
「選ばれた者には、選んでくれた人の為に命を懸ける義務がある。その人の信じた輝きを、誰の目にも見える形で示さなきゃいけないと思うんです」
「……ふむ」
なるほど、とセラトは表情を変えぬままカナメの言葉の意味を考える。
カナメの言う事はつまり、選定の理論だ。
分かりやすい言い方をすれば「貴方の信じてくれた理想の私でいます」といったところだろうか。
つまるところ、「選ばれたから特別な人間」ではなく、「ああ、この人だから選ばれたのか」と示す……といったところだろうか。
「その気持ちがあるならば、覚悟はすでに決まっているように思えるが?」
「……だといいんですけど。俺はまだ、自分に言い訳をしてるような気がします。仲間が皆頼りになるから……それに甘えて、自分から先に進む努力を怠ってる気がするんです」
カナメの言葉にセラトは答えず、冷め始めた茶を口に含む。
先程から思っていたが、カナメは自己評価が異常に低い。
謙遜を通り越して、卑屈にも近いものがある。
言葉の端に、棘のように心に刺さった後悔のようなものが透けて見えるが……それを差し引いても、どういう環境で育てばここまで自己評価が低くなるのかは気になるところだった。
普通はもっとウザったいくらいに「自分の良いところ」しか見ないものだが、カナメにはそういう部分が全く見えない。
恐らくはそうするのを美徳とするような環境で育ったのだろうが……ヴェラール神殿でもここまではやらない。
「だから、実際に会って。「この人達に選ばれたい」と思ったら……俺は、もっと前に進めるんじゃないかと思ったんです」
「立場が人を作る、というわけか」
理解はできる。
実際、「立場」を与える事で立派になった人間は幾らでもいる。
だが、セラトの内なる天秤はそれを是としない。
「あまり好ましい考え方とは言えないな」
「えっ」
「立場や立ち位置を拠り所にする人間は、それを失えば全てを見失う。自分の進む意味は、自分の内に見出すべきだと俺は思うがな」
たとえば、とある町に誰からも立派と評される自警団長がいた。
その男は長年不正も失敗もなく勤め上げ、年齢を理由に引退する時も拍手をもって見送られた。
……が、自警団長という仕事を誇りに生き人生を捧げてきた男には、それを辞めた時に何も残っていなかったのだ。
友人もいる。愛する家族もいる。金もあるし、生きていく上に必要な大体のものがある。
だというのに、「自分」が無い。
自警団長ではなくなった男は、この先「自分がどう生きるべきなのか」が無かった。
無論、友人もいる。
家族を大切にして過ごしていけばいいという「当たり前の考え」もある。
だが、その中心にあった「自分」が無い。
ポッカリと空いた胸の穴のようなものを埋められず、立派だった男は静かに壊れた。
「……それは」
「否定しているわけではない。カナメ君の考え方は立派だと俺は思う。メイドナイトやバトラーナイトの事をそこまで考える者は中々居ない。居ないが、それもまた依存だということを忘れてはならない」
それは、誰もが忘れがちなことだ。
人は人と支えあうのが当然であり美徳であると知っているから、そうなるまで気付かない事だ。
「自分の理由を自分以外に頼る人間は、それを失えば何もかもを見失う。だから忠告しておく。自分を支える物は、自分の中に見出せ」
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