神官長セラト

「簡単に言えば、ヴェラール神殿程祭事の少ない神殿もないのだ」

「祭事が……ってことは、えーと」


 祭事、つまり神殿の執り行うイベントのことだろう。

 カナメのイメージで祭事といえば、お祭りとか……あるいはこの世界だと神様に感謝を捧げる系の儀式か何かなどだろうか。

 お祭りならともかく、そういう儀式であれば神官長が出てきてもおかしくはない。


「分かっていない顔だが、話を進めよう。とにかく、俺の顔を知る者は限られているというわけだ」

「あ、はい。えっと……ひょっとして、あの部屋もそういうことですか?」


 カナメの頭の中にあるのは、セラトの居た暗い部屋だ。

 窓も小さく換気をどうしているのか気になる程だが、それ以前に色々と健康に悪そうだった。


「あれか。単純に暗殺者対策だ」

「あんさっ……」

「驚く事でもないだろう。ヴェラール神殿の神官長ともなれば、その肩書だけで各国の騎士団にすら一目置かれる。更に言えばメイドナイトやバトラーナイトの認定も行うのだ。言ってみれば、俗世の欲しがる色々なものがヴェラール神殿の神官長という立場に集約されている。俺の弱みを握りたがったり、あるいは殺して自分の都合の良い者を据えたい奴など幾らでもいる」


 確かにセラトの言う通りであれば「ヴェラール神殿の神官長」という立場はこの上なく魅力的なものであるだろう。

 悪い考えを持った者がその立場になれば各国に圧力もかけられるだろうし、メイドナイトやバトラーナイトを自分の都合のいいものにすることも出来るだろう。


「分からないですね。何故そんな方が一人で? 不用心ではないですか?」

「心配はいらん。俺に仕えたいという物好きなメイドナイトが居てな。今も近くで警戒しているはずだ」

「近くで? この場にはいないのですか?」


 アリサのぶつける質問にセラトは笑うと「そうだな。だが心配はいらん」と答える。


「此処にはダルキンがいる。この店内に居る限り、誰も「客」を殺せんよ」


 言われてアリサはダルキンを見るが、素知らぬ顔でグラスを磨いているだけだ。

 何かを言う気もないらしいダルキンから視線を外すと、アリサは「それなら」と続ける。


「なら、ダルキンさんが貴方を殺す気になったら?」

「俺は死ぬだろうな。というかダルキンを止められるような心当たりは、それこそ神か英雄王くらいのものだ」

「そんなに……」


 強いんですか、と言いかけたカナメにセラトは「ああ、強いぞ」と先んじて答える。


「何しろ安物とはいえ魔法のかかった剣を、手刀で叩き斬るような非常識爺だ。「そんなナマクラでは食事の準備もできませんな」とかほざいてた時の嫌らしい笑みを、俺は未だに忘れんぞ」

「アレはあの若者が悪いのですよ。私は平穏な生活を楽しんでいるだけの隠居だというのに」

「何が隠居だ、このクソ爺が。国境周辺をウロついてた盗賊団を潰したのがお前だという情報は入っているんだ」

「仕方ありませんな。愛する孫娘を守る為です」


 しれっと答えるダルキンだが、その会話の内容にカナメもエリーゼも絶句する。

 アリサですら、軽い冷や汗を流している。

 盗賊団を潰したあたりの話はともかく……いや、本来はそこも「ともかく」で済ませていい話ではないが、「手刀で魔法のかかった剣を斬った」というのは非常識に過ぎる。

 どんな魔法がかかっていたかにもよるが、「硬化」の魔法のかかった剣を斬ったのであれば非常識の極致だ。

 

「えっと……本当に手で剣を?」

「いや、お恥ずかしい。流石に町中で棒を持ってウロウロするのは気が引けましてな」

「え、あ、いえ……」

「カナメ君。その爺の相手をまともにすると疲労するぞ」


 机をトンと叩くセラトに、そういえばセラトと話していたのだとカナメは慌てて向き直る。


「ともかく、俺の身の安全は保証されているというわけだ。だがまあ、それが君がしたかった質問というわけではないのだろう?」


 そう促すセラトに、カナメは「はい」と答える。


「俺の聞きたい事は……メイドナイトやバトラーナイトについてなんです」

「ふむ。具体的には? まさか概要が聞きたいというわけでもないだろう」

「はい。俺はメイドナイトやバトラーナイトの人を雇うべきだと……そういう風に言われて此処に来ました」

「クシェルからの紹介状にもそうあったな」

「俺の進む道を、仲間とは違う形で守る者が必要になると。そしてそれは、彼等が世界最高峰だと」

「間違いないな」


 カナメの言葉に、セラトは肯定し頷いてみせる。


「主人を生活、戦闘などのあらゆる面でサポートし護衛する。それがメイドナイトやバトラーナイトであることに相違ない。それで?」

「でも俺は、「絶対に雇わなきゃ」と思っていたかというと……そうでもないな、って思ったんです」

「ほう? だが君は、それでもヴェラール神殿に来ただろう? 神殿に居ないと知って、目に見えて落ち込んでいたではないか」

 

 面白がるようなセラトの言葉に、カナメは恥ずかしそうに頭を掻く。


「あ、はい。えっと、こういう事を言うと怒られるかもしれないんですけど」

「構わん。言いたまえ」

「覚悟が、決まるかと思ったんです。守られるような価値のある俺になる、覚悟が」

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