ダルキンとセラト
「紹介しましょう。カナメさん達は会ったばかりでしょうが、そこの凶悪な面の男がヴェラール神殿の神官長です」
「セラト・メルフィードだ。そこの若気の至りを極限まで突き詰めた爺とは不幸な事に知り合いでな」
互いに貶し合う二人にカナメがオロオロするが、アリサが落ち着けとばかりに肩を押さえる。
一方のエリーゼはこの手のものは王宮で慣れっこであり……それ故に「エリーゼですわ」と簡単な自己紹介だけを済ませる。
だがセラトは簡単に頷くと部屋の隅に立っていたハインツに視線を向け「彼は君のだな」とエリーゼに断定じみた問いかけをする。
「ええ、そうですけど……いえ、何故そうだと?」
メイドナイト、あるいはバトラーナイトを探してヴェラール神殿に行ったカナメはともかく、アリサやダルキン、あるいはいずれにも仕えていないフリーという選択肢もある。
その選択肢を全て放棄しエリーゼのバトラーナイトだと断定するには、当然相応の理由があるはずだ。
「簡単な話だ。彼はああして誰にも視線を向けていないように見える。だがその実、見ているのは君だけだ。一挙一動、その全てに違和感がないか常に観察している。いや、この言い方は良くないな。とにかく彼が「完全なる安全」を誓っているのは君ということだ」
「そ、そうなんですの」
言いながらエリーゼはハインツに視線を向けるが、そこにはいつも通りに存在感を消し去ったハインツが立っているだけだ。
「バトラーナイトがああして忠誠を誓っているからには、君は彼を感服させるに足る「何か」を持っているのだろう。それが何であるかまでは、俺は興味ないがね」
「あ、あの!」
そこでカナメは椅子から立ち上がりセラトの近くへと駆け寄っていく。
セラトはニコリともしないままにカナメに視線を向けると「何かな」と答える。
「え、えっと……とりあえず座ってください。それと、俺も出来れば色々と聞きたいことが」
気遣いを最優先で見せつつ、それでも自分の下心を隠さないカナメにセラトは凶悪な笑みを浮かべ「そうだな」と呟き適当な椅子を引いて座る。
「本来はお前が椅子を勧めるべきだろう、ダルキン。いや、あるいは君かなルウネ」
「えっ」
いつの間にか自分の隣に居たルウネにカナメは驚くが、ルウネはいつも通りの眠そうな顔のままだ。
「自分で選んだ席しか、座らないのに。よく言うです」
「まあな。立場上、当然の警戒とは言える。ああ、俺には茶だ。ダルキン、今のお前のお勧めのやつだ」
「ならば連合産ので出物がありますな。凄まじく苦いのですが健康にいいとか」
言いながら夏の雨上がりの草原じみた香りのする何かを淹れ始めたダルキンからアリサは黙ってカップを持って離れ、エリーゼも遠ざかっていく。
カナメも一体何を淹れているのか気にはなりつつも、セラトをじっと見つめて「あの……」と切り出す。
「まあ、座れ。ダルキン、彼にも同じのだ」
「えっ」
「承りました」
「俺の奢りだ。さあ、座れ」
あまり飲みたくない香りのするものを注文されてしまったが、カナメは「ありがとうございます」と礼を言いながらセラトの正面に座る。
「で、何が聞きたい」
「あ、いえ。それもそうなんですけど。あの……なんていうか、お一人で大丈夫なんですか?」
「大丈夫か、とは?」
「だって、ヴェラール神殿の神官長、なんですよね? 俺達も帰る途中に貴族の遣いの人に絡まれましたし」
「ああ、そういうことか」
カナメの質問の意図を理解したセラトは、納得したように頷いてみせる。
要はヴェラール神殿の神官長ともなればコネを求めて群がってくるのではないかとカナメは心配しているのであり……そういう心配をされたのだと気付いたセラトは楽しそうに……しかし傍から見れば獲物を見つけた獣のように笑う。
「心配はいらん。俺は表にほとんど出ないからな」
「えっ? で、でも神官長なんですよね?」
「なるほど。君はヴェラール神殿に詳しくないと見える」
セラトはそう言うと、ルウネが運んできた茶のカップを持ち上げ軽く嗅ぎ……「臭いな」と呟く。
「おい、ダルキン。本当に飲んで大丈夫な茶なんだろうなコレは。いつだったかみたいに「痩せる効果のある辛い茶」の仲間じゃないだろうな? あの時は三日も舌が妙なことになったんだ」
「さて。私は飲んでも平気でしたが」
「
言いながらセラトは茶を一口含み飲むと「苦い」と呟く。
「君も飲みたまえ」
「え、あ、はい……うぐっ!?」
あまりの苦さに咽そうになり、慌てて違う方向を向いて口を押さえ、なんとか飲み込む。
苦い。
確かに苦いが、脳を突き抜ける苦さなどというものは生まれて初めてだ。
コーヒーを何倍にも濃縮して入れたって、こんなに苦くなるか分からない。
「実によく目が覚めるな、これは。ダルキン、どうせこんなものは普通の奴は飲まん。言い値で買うから神殿に届けておけ」
「お買い上げありがとうございます」
ルウネの差し出した水をカナメが飲み干すのを待ち、セラトは「さて」と場を仕切りなおす。
「では、君の一つ目の質問に答えてやろう」
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